J-PARC News 第195号
■国立科学博物館の企画展「加速器」開催中(7月13日~10月3日)
J-PARCとKEKつくばキャンパスにある大型加速器施設をメインに、日本の加速器の発展の歴史や、加速器の初歩から宇宙の謎をさぐる最先端研究、身近なところで利用されている研究成果まで、わかりやすく紹介しています。是非ご覧ください。
7月24日には「夢を追う道具:加速器」と題して、カリフォルニア大学バークレー校 MacAdams 冠教授 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構教授 村山斉先生の講演がありました。加速器は、タイムマシンでもあり、加速器という巨大な装置で、宇宙・物質・生命の謎に迫る、というお話でした。先生の話術に引き込まれ、あっという間に40分が経過しました。当日の動画については、後日、HPに掲載予定です。お楽しみに。
なお、国立科学博物館は、新型コロナ感染症対策のため、現在オンラインによる入館予約が必要です。詳しくは、以下をご確認ください。
国立科学博物館ホームページ https://www.kahaku.go.jp/
■プレス発表
(1)地球形成初期、鉄への水素の溶け込みは硫黄に阻害されていた(6月24日)
現在の地球コアは純鉄を想定した場合よりも密度が小さく、水素、炭素、酸素、ケイ素、硫黄などの軽元素が溶け込んでいると考えられています。東京大学の飯塚理子特任助教らは、これまでに、水素が地球形成の初期に他の軽元素に先駆けて鉄に溶け込んだ可能性を示していましたが、その際の他の軽元素の影響は明らかにされていませんでした。
今回、形成初期の地球の構成物質を模擬した試料を用い、中性子回折によって高温高圧下でのその場観察を行い、鉄の水素化に及ぼす硫黄の影響を調べました。実験は、J-PARCの高圧ビームラインPLANETに設置された6軸型マルチアンビルプレス「圧姫」を用いて行いました。その結果、高温高圧下で含水鉱物から脱水した水が鉄と反応して起こる鉄の水素化が、共存する硫化鉄によって阻害されることが明らかになりました。このことから、水素と硫黄が固体状態の鉄に優先的に溶け込み、その後、それによって溶融した鉄に他の軽元素が溶解した可能性が高いことが示唆されました。今後は、地球進化過程における水の起源とその量の実体にせまるため、他の軽元素も、いつどの程度鉄に取り込まれたのか、複数の軽元素を入れた実験により明らかにしていく必要があります。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/06/24000704.html
(2)小惑星リュウグウ試料分析開始にあたり、オンライン記者会見を実施(6月25日)
本会見は、KEKつくばにあるフォトンファクトリー(PF)とJ-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)にあるミュオン実験施設から、それぞれ中継されました。「石の物質分析チーム」のリーダーを務める東北大学の中村智樹教授がPFの放射光BL-3Aの中でリュウグウサンプルを分析するガンドルフィーX線カメラを操作する様子が紹介されたのを始め、東京大学の髙橋嘉夫教授がPFのBL-19A、大阪大学の二宮和彦准教授がMLFのミュオンD2から、それぞれのビームラインの特徴、サンプルの実験方法、期待できる解析結果等について、説明されました。
なお、この後の6月28日から7月5日において、小惑星リュウグウのサンプルがJ-PARCミュオン実験施設に搬入され、大強度の負ミュオンの照射を行い、予定どおりの解析が行われました。この様子は、J-PARC NEWS 号外「小惑星リュウグウのサンプル J-PARCで分析開始」で紹介しています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/topics/2021/07/15000718.html
(3)「グザイ核」の内部構造、ついに観測成功
原子核の成り立ちや中性子星の構造の理解に新たな知見(7月23日)
私達の身のまわりに多種多様な物質が存在するゆえんである、様々な原子核の成り立ちを知るには、原子核を構成する陽子と中性子の仲間で、地球上に自然には存在しない「ハイペロン」と呼ばれる粒子を含めた粒子間に働く力を調べることがカギとなります。
岐阜大学の仲澤和馬シニア教授らは、J-PARC加速器を用いてつくった大強度で高純度のK中間子ビームから生成した大量のグザイ粒子(ハイペロンの一種)を特殊な写真乾板に照射する実験で、今年2月に続き、新たな成果をあげました。乾板に残された粒子の飛跡の解析から今回見つけた事象は、グザイマイナス粒子が窒素14原子核に、2月に発表した事象の5倍以上の大きなエネルギーで束縛された状態と分かり、これは、クーロン力に加えて、原子核と「強い相互作用」による引力によってさらに強く束縛された状態を示します。さらに、これまでに検出したグザイ核のデータとあわせて、グザイ核の中でグザイ粒子がとびとびのエネルギーを持っている様子(準位構造と言います)が具体的にわかってきました。これは原子核がクォークからどのように成り立つのかを紐解くとともに、この宇宙で最高密度の中性子星の内部構造の理解にも繋がります。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/07/23000724.html
■J-PARC MLF産業利用報告会を開催(7月15、16日)
この報告会は、MLFの産業利用の取り組みを振り返り、今後の方向性を示すことを目的とし、2017年から毎年、J-PARCセンター、CROSS、茨城県、中性子産業利用推進協議会の4者の共同主催で行われてきました。昨年度は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、今年度はオンラインでの開催となり、352名の方々にご参加いただきました。産業界から、中性子やミュオンで何が分かるのか、どう使えるかを改めて知りたいとの強い要望があり、今後3年間は「中性子・ミュオンで何が見えるのか」「何に使えるか」に焦点を絞り、産業界の方の見たいものとのマッチングを図ることに重点を置くことにしました。
今回は、「産業界から、利用の現状、施設に何を望むのか、必要な技術とは何かを示す」「施設側から、施設が供給できる技術とその限界を示す」「共同研究グループから、MLFで始動した共同研究の成果を示す」「研究用原子炉JRR-3との協調や産業利用について報告する」という点を中心に、議事を進めました。
■ナレッジキャピタルが主催するSpringX超学校で、J-PARCの研究者3名が講演(7月3、10、17日)
社団法人ナレッジキャピタルでは、科学、芸術、文化、ビジネスなど様々な分野のスペシャリストから「本物の知」を学び、ともに考え、対話する場として、SpringX超学校を主催しています。今回は、3週にわたり、土曜日に1時間ずつ、「中高生の人生設計講座、研究者として生きていく」というテーマで、J-PARCの研究者3名が、YouTube Liveによる講演を行いました。
・第1回 「J-PARCで探る宇宙のひみつ」
J-PARCセンター長 小林 隆氏
J-PARC各施設の役割と特徴、粒子が波の性質を持つことの意味、宇宙にはなぜ物質だけが存在するのかについてCP対称性の破れからのアプローチなどについて語りました。
・第2回 「最強の陽子ビームをつくる!」
高エネルギー加速器研究機構准教授/J-PARCセンター加速器ディビジョン 栗本佳典氏
加速の原理、より大強度の加速器の造り方、J-PARC加速器の特徴などが紹介されました。
・第3回 「私がJ-PARCで企業研究者として働くことになるまで」
株式会社 豊田中央研究所 分析研究領域 研究員 梅垣いづみ氏
自分が企業の研究員となるまでの紆余曲折の人生を紹介し、中高生へのメッセージが述べられました。
これらの動画は、ナレッジキャピタルホームページからご覧いただけます。 https://kc-i.jp/activity/chogakko/researcher/
■J-PARCハローサイエンス「量子でひもとくたんぱく質の『かたち』と『はたらき』」(6月25日)
6月の「J-PARCハローサイエンス」は、東海村が「感染拡大市町村」の指定から解除されたことから、アイヴィルの会場での対面による講義形式とオンラインとの併用で開催しました。
今回の講師は、量子科学技術研究開発機構 構造生物学研究グループの玉田太郎氏です。私たちの身体の中にあるたんぱく質の「はたらき」は、たんぱく質の「かたち」を見ることで知ることができます。たんぱく質はナノマシンであり、数多くの原子で構成されているたんぱく質の形は、中性子などの量子ビームを照射して、明らかになります。また、精密な「構造」情報に基づき「量子(性)」で生命の謎を解き明かす「量子構造生物学」という新たなアプローチで、たんぱく質の「はたらき」が説明できることが紹介されました。
■オンライン講演会のお知らせ(8月25日午後)
小惑星リュウグウ試料の分析状況、期待される解析結果などについて、8月25日、オンライン講演会を行います。講師は、大阪大学 二宮和彦准教授、J-PARCセンター物質・生命科学副ディビジョン長 下村浩一郎教授の予定です。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp
J-PARC研究棟の階段の下にハクセキレイの幼鳥が鳴いていました。自動ドアがたまたま開いたタイミングで、建屋の中に入り込んでしまったようです。ハクセキレイの親鳥は、すらりと伸びたモノトーンの尾が自慢の精悍な鳥です。しかしこの幼鳥は、まだしっぽがほとんどなく、やわらかい灰色の体を左右にふりながら、ぎこちなく歩いています。スタッフが手を差し伸べると、あっけなく両手の中に入り、建屋の外に連れ出してそっと放すと、数メートルずつ小刻みに飛びながら、去って行きました。まだこのくらいの歳の幼鳥だと、親鳥が遠くでその行動を見ているそうです。他の動物に襲われる心配もあったのですが、私たちスタッフは幼鳥が親鳥に一緒になることを信じて、その場を離れました。
あの幼鳥が迷いこんでから1か月以上経ちます。ほんの数分の出来事でしたが、空気をたっぷり吸い込んだ産毛の温もりや親鳥を呼ぶ黄色い声は、未だに忘れられません。
はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウからのサンプルは、全体で5.4g、そのうちJ-PARCにやって来たのはわずか120mg、指の先にちょっと乗るくらいの量でした。このサンプルは物質・生命科学実験施設のミュオンD2で1週間ほど滞在し、また慌ただしく旅立っていきました。
リュウグウのサンプルもハクセキレイの幼鳥と同じように、不本意にこの人間社会に飛び込んでしまったようです。しかし、そこから得られる知見は、人類が命のふるさとを探すのに、大きな手掛かりとなります。地球と同じ惑星の一員として、敬意と愛情を持って、解析を続けたいと思っています。