J-PARC News 第199号
■大原高志氏が日本結晶学会賞学術賞を受賞
中性子利用セクションの大原高志氏(JAEA研究主幹)が「高精度単結晶中性子回折法による水素原子を鍵とする構造化学的研究」で2021年度日本結晶学会学術賞を受賞しました。本賞は、会員歴が5年以上あり、 結晶学に関する独創的な研究をなし、年齢が50歳に達していない正会員に贈られるものです。
大原氏はJRR-3原子炉や物質・生命科学実験施設(MLF)において単結晶中性子回折計の開発、運用に携わり、小さい試料でも回折が可能となるよう、装置の高度化を進めてきました。その結果、大原氏が装置責任者を務めるMLFの単結晶中性子回折計(SENJU)では、従来数mm3程度の巨大結晶試料を必要とした単結晶中性子回折測定を0.1mm3でも可能としました。また、単結晶中性子構造解析法によって結晶中の水素原子の位置を高い精度と信頼性で決定できることを活用し、様々な分子性結晶の反応、物性の解明を進めるとともに、以前は国内でほとんど例がなかった分子性結晶の単結晶中性子構造解析を容易にできる手法を開発しました。
■プレス発表
(1)J-PARCハドロン実験施設で 奇妙な粒子と陽子の散乱現象を精密に測定
-原子核を作る力の解明に大きな前進-(11月8日)
原子核を構成する陽子や中性子(まとめて核子という)の間にはたらく核力は、平均的には引力で核子を結びつけることで原子核を作り、核子間の距離が短いと大きな反発が生じその原子核をつぶれずに安定に存在させている複雑な力です。反発力となる短距離では核子を構成するクォークが重要な寄与をすると考えられ、この詳細を解明するポイントとなるのが、ストレンジクォークを含んだ核子の仲間の粒子(ハイペロンという)を加速器で生成し、ハイペロンにはたらく力を調べる研究です。その1つの手法として、生成したハイペロンを陽子(水素の原子核)に衝突させてどの方向にどれだけ散乱されやすいかを測定しますが、ハイペロンは寿命が非常に短く、崩壊前に散乱を起こすことは稀なので、精密な結果を得るには、多数のハイペロンを生成することで散乱データを蓄積します。
東北大学の三輪准教授が率いる国際共同実験グループは、J-PARCハドロン実験施設で従来の実験の約100倍のシグマ粒子(ハイペロンの1つ)を生成するとともに、多数の散乱により次々と起こる現象を測定可能な検出器を新たに開発することで、シグマ粒子と陽子との散乱の角度分布を高精度で測定することに世界で初めて成功しました。クォークの寄与をあらわに取り入れた理論計算が予想するように、シグマ粒子は前方方向に散乱されやすいことが確認されましたが、実験データと理論計算の間にはかなりの差がありました。理論計算の改良に指針を与え、核力の理解が飛躍的に進むことが期待されます。ハイペロンを含む原子核であるハイパー核の研究と合わせて核力の理解が進むと、宇宙の歴史の中で多様な原子核が生成された謎や、中性子星の内部ではたらく未知の力の解明にもつながります。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/11/08000762.html
(2)鉄シリコン化合物における新しいトポロジカル表面状態
-ありふれた元素を用いたスピントロニクス機能の実現-(11月18日)
電子のもつ電荷を利用した現代のエレクトロニクスデバイスの限界を超えるための技術として、電子のスピン(磁石の性質)の利用も加えたスピントロニクスが注目されています。近年発見されたトポロジカル絶縁体は、結晶内部の電子状態のトポロジー(幾何学的状態)に由来して物質の表面や界面には特殊なスピン状態が現れ、スピントロニクス機能を発揮しますが、既存の物質はその状態が重元素のもつ強いスピンに由来しており、重元素の希少性や毒性といった点で課題がありました。
東京大学の大塚氏(当時、大学院生)、金澤講師らは、地球上に豊富に存在する鉄(Fe)とシリコン(Si)から成る化合物FeSiの薄膜について、実験と計算から、その表面が結晶内部とは異なり強磁性金属状態(磁石の性質を持ち電気を通す状態)を示し、これがトポロジカル絶縁体とは異なる新しい表面状態であることを明らかにしました。そして、J-PARCの偏極中性子反射率計(BL17、SHARAKU)を使用した偏極中性子反射実験により、強磁性状態が表面の数原子層(約0.3nm)にのみ存在していることを示しました(図)。さらに、電流を流すことによってFeSi表面の磁化の向きが反転することも、実験により示しました。これは、磁化の向きで情報を記録する不揮発性メモリを電気的に高速制御する手法として応用できます。本成果がありふれた元素の化合物に潜む機能の開拓指針を示し、電子デバイスの省電力化や高機能化に繋がることが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/11/18000767.html
■オンライン施設公開2021を開催。沢山のご視聴ありがとうございました。(11月13日)
昨年に引き続き今年もオンラインで施設公開を開催しました。MLF実験ホール、核変換研究設備、MR加速器、ハドロンホール、ニュートリノモニター棟からの中継や研究者トークの他、通常では公開していない加速器の内部映像などを使い、約50名のスタッフが総力を挙げてライブ配信を行いました。
また、T2K実験グループ代表者で東北大学の市川温子教授による特別講演「ニュートリノで挑む素粒子と宇宙の謎」に続き、「世界で活躍する研究者に質問しよう!」のコーナーでは、全国から応募いただいた高専生・高校生のみなさんにオンラインでご参加頂き、予定時刻を超過するほど質疑応答が行われました。
当日の様子はYouTube及びニコニコ生放送のアーカイブでご覧いただけます。
YouTube https://www.youtube.com/watch?v=HqIma-BMlVo
ニコニコ生放送 https://live.nicovideo.jp/watch/lv334216277(スマートフォン・タブレットでのニコニコ生放送タイムシフト視聴には、アプリのダウンロードが必要です。)
■JASIS2021に出展(11月8日~10日、幕張メッセ国際展示場)
日本分析機器工業会と日本科学機器協会が主催するJASISは、分析機器や科学機器メーカーが一堂に会する最先端科学・分析システムのアジア最大級の展示会です。
MLFと研究炉JRR-3は、中性子を用い、X線や電子線と相補的に物質の原子・分子の配列やそれらの動きを分析する多彩な施設・設備で、これらを用いた成果を紹介するとともに、JRR-3やMLFの施設供用制度や、利用窓口「J-JOIN」の活動についても紹介しました。
これらのJAEAのブースには3日間で約730名もの来場者があり、活発な質問が飛び交いました。
■J-PARCハローサイエンス「水素を見つける中性子」(10月29日)
今回は会場を変更し、いばらき量子ビーム研究センター(IQBRC)で開催しました。また従来どおり、オンラインも併用しました。講師は中性子利用セクションの池田一貴氏で、約20名の参加がありました。
水素は宇宙で最初にできた原子で、脱炭素社会の新しいエネルギーや機能性材料の開発をする上で期待されています。そのためには水素を効率的に貯め、運搬も容易にできる物質を開発することになりますが、物質中の水素の居場所を調べることが必要になります。しかし電子数が最も少ない水素は、X線を照射しても居場所を探ることはできないので、電子数に関係なく物質構造が分かる中性子を利用することになります。そこで、J-PARC MLFのBL21高強度中性子全散乱装置(NOVA)を使い、世界トップレベルの強度の中性子を照射する方法が説明されました。さらに、この方法により、物質の中の水素を直接観察し、新規水素貯蔵材料の構造解析や、水素貯蔵材料の水素吸蔵・放出メカニズムの研究について紹介がありました。
■加速器運転計画
12月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
J-PARCの遊歩道に赤とんぼが止まっていました。トンボの仲間で最も普通に見られるアキアカネです。アキアカネは卵で冬を越し、梅雨頃にはもう成虫になります。
それなのにどうしてアキアカネという名前が付いたかと言うと、成虫になるとすぐに山に移動し、私たちが住んでいる里では見られなくなるからです。この辺だと、高鈴山や八溝山で避暑をしているのでしょうか。生まれ故郷の里に帰ってくるのは秋口で、やっと私たちの目に付くようになります。その頃にはしっぽは赤くなり、やがてつがいを作り、水田などに産卵をします。
東海村では最近、アキアカネの数が激減しているようです。今年はもう一匹も見られないのかと心配していたところ、11月12日になって初めて見ることができました。快晴の昼休み、南中時刻と言ってもすっかり低くなった太陽を浴び、透明な羽根は日光を反射させることなく、すぐ下の草むらを映し出しています。
その草むらの中ではまだコオロギが遠慮がちに鳴いています。今年の秋は、いつもよりもだいぶ遅いようです。