トピックス

2022.08.26

J-PARC News 第208号

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■国際科学ネットワーク協会「物質科学分野における国際最優秀研究者賞2022」

 筆頭著者、物質・生命科学ディビジョン 若井栄一氏、共著者、素粒子原子核ディビジョン 牧村俊助氏らがJournal of Nuclear Materials誌に発表した研究論文が 、インドを拠点とする国際科学ネットワーク協会(International Society for Science Network: ISSN)の国際委員会より、世界中の約1万件の対象研究の中から選出され、若井氏、牧村氏は共著者と共に同協会の「物質科学分野における国際最優秀研究者賞2022」を受賞しました。6月4日に授賞式が行われ、盾とメダルが届けられました。
 受賞の対象となった研究では、様々な照射実験の結果と計算機によるシミュレーション解析を通じ、原子力システム用構造材料から大強度加速器ターゲットシステム用材料に至るまでの材料照射損傷に関して、従来の知見や理解を超えて、系統的に詳細な考察を与えています。この研究は、JAEAの高速炉構造材料等を専門とする青砥紀身氏(元JAEA理事)らのグループを始めとして、J-PARCの研究者・技術者及び国内外の機関との複数の連携研究 によって成し得たものです。
 本成果は、高温下で使用される様々な機器の材料で生じる、原子レベルにも及ぶ微細組織や機械特性の変化を理解することに貢献できます。このため、原子力材料分野以外の著名な材料や化学を専門とする学術誌にも引用され始めています。
論文情報:E. Wakai et al., Journal of Nuclear Materials 543 (2021) 152503
https://doi.org/10.1016/j.jnucmat.2020.152503

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■IEEE 応用超伝導分野の功労賞を受賞

 J-PARCセンター低温セクション 荻津透氏がIEEE(米国電気電子学会)の2022年Award for Continuing and Significant Contributions in the Field of Applied Superconductivityを受賞しました。この賞は、応用超伝導の分野において長期に渡り継続的かつ重要な貢献を行ってきた業績を表彰するものです。超伝導の応用分野における継続的かつ多大な貢献として、J-PARCニュートリノ実験用の超伝導マグネットシステムの開発、建設、据付、試運転を、機能結合型(ビームを曲げる機能と絞る機能の両方を持つ)超伝導電磁石の革新的な設計に基づいて行い、世界的な共同作業において重要なリーダーシップを発揮して成功に導いたことが評価されました。

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■プレス発表

(1)正負のミュオンで捉えた全固体リチウム電池負極材料のリチウム移動現象(7月7日)

 KEK 物質構造科学研究所等の研究グループは、 次世代電池として開発が進められている全固体電池の負極材料候補Li4Ti5O12中のリチウムイオンの拡散現象を、J-PARCの大強度の正負ミュオンビームを用いたミュオンスピン回転緩和(μSR)法により調べました。
 リチウムイオン電池では電池内部でリチウムイオンが電荷を運ぶため、リチウムイオンの拡散を調べることは、電池反応の根源的理解や新規電池材料の開発に欠かせません。その指標であるイオンの拡散係数は電池の性能を決めるうえで重要視されており、従来は電気化学的な測定で求められてきました。しかし、材料固有の拡散係数は、材料の組成や電極サイズなどの測定条件に大きく依存するため、実際に使用するリチウムイオン電池の電極材料に固有の拡散係数を電気化学測定では得ることはできません。μSR法は、リチウムイオンの拡散運動に伴う内部磁場の微妙な変動を捉えることができ、正ミュオンを使った場合はスピネル格子内の酸素近傍にある空隙位置の内部磁場情報を、負ミュオンを使った場合は酸素位置の内部磁場情報が得られます。
 研究グループの正負ミュオンのμSR測定の結果、いずれも内部磁場は温度上昇とともに動的になることがわかりました。負ミュオンは原子核位置から動くことはないので、負ミュオンのμSR測定の結果から、負極材料Li4Ti5O12中でリチウムイオン拡散が起きていることを明らかにすることができました。正ミュオンのμSR測定の結果もリチウムイオン拡散を示唆する結果で、負ミュオンのμSR測定結果との差異は正ミュオンの拡散に起因すると考えられます。いずれの測定からもその活性化エネルギーは小さいことが分かり、負極材料として優れた物質であることが確認されました。今後、電池材料そのものの測定だけでなく、電池動作環境下のμSRによるオペランド測定に発展させ、さらなる高効率電池に向けた研究や新しい材料開発に貢献できるものと期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/07/07000974.html

 

 

(2)世界初、パルス中性子ビームで車載用燃料電池セル内部の水の可視化に成功
 -燃料電池のさらなる高性能化で、温室効果ガス排出量削減に貢献-(7月12日)

 J-PARCのパルス中性子ビームを使って、燃料電池自動車に搭載される実機サイズの燃料電池セル内部の水の生成・排出に関する挙動の可視化に成功しました。この研究は、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」における燃料電池の解析技術の高度化の一環として実施されたものです。
 燃料電池は発電効率が高く、水素と酸素の化学反応を利用するために発電時に水しか排出しないクリーンなエネルギーデバイスです。このため、カーボンニュートラル実現に向けたキーテクノロジーとして期待されています。しかし発電時に生成された水がセル内部に滞留すると、水素や酸素の供給経路をふさぎ、発電性能の低下につながることから、セル外に水を効率的に排出できる流路や電極構造の開発が課題となっています。中性子は高い物質透過能力を持ち、水などの軽元素に対する感度も高いことから、そのビームは水の挙動を直接観察できる技術として期待されてきました。
 本研究では、J-PARCの中性子イメージング装置「RADEN」において、光イメージインテンシファイアとCMOSカメラによる撮像機器の高度化と撮像条件の最適化を図ることで、実機サイズの燃料電池セル内部の水の挙動を300μmという高い空間分解能を維持しながら従来の10分の1以下となる1秒間で可視化することに成功しました。これにより、燃料電池セル内部のガス流路溝内の水の挙動をほぼリアルタイムで可視化できます。また、セル内部の水と氷の識別や、水のマクロな挙動とその詳細な解析を組み合わせて可視化するなど、さまざまな応用ができます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/07/12000975.html

 

 

■J-PARCハローサイエンス「巨大な分子の形と動き」(7月29日)

 7月のハローサイエンスは、物質・生命科学ディビジョンの青木裕之氏が講師を務め、高分子の研究について紹介しました。ポリエチレンやナイロン、セルロース等に代表される高分子は、非常に大きな分子でできた物質です。この大きな分子一つ一つが様々な形状になって動くことが高分子特有の性質の起源です。会場ではゴムを伸ばすと温度が上がり、縮めると下がる実験や、スライムを使って液体のような性質(粘性=流れる性質)と固体のような性質(弾性=元に戻る性質)についてわかりやすく説明しました。さらにゴムの転がり抵抗とウェットグリップの相反する性質の研究が高燃費タイヤの設計につながったことなども紹介されました。高分子化学で最も重要な問題は、分子鎖の形状を観察することです。そこで青木氏は、高分子鎖の一つだけを色付けし、目的に応じて中性子散乱法や光学顕微鏡を使い分けることにより、段階的な構造を観察しました。そして変形を与えた鎖の形状を直接観察することで界面近くの高分子は内部とは異なりほとんど変形しないという特性を明らかにしたのです。産業界では近年、界面の性質が盛んに研究されており、これらの成果は、複合材料や接着技術などの開発に役立てられています。会場やオンライン参加者からは、専門的な質問が多く寄せられ、材料開発分野への期待が伺えました。

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■「エコフェスひたち2022」に出展(7月23日)

 日立シビックセンター等で3年ぶりに開催された「エコフェスひたち2022」にブースを出展しました。エコフェスひたちは、実験・体験を通して学べる県内最大級の環境イベントです。企業・団体・学校等、約50団体による環境活動の報告や環境に関する製品の紹介など、楽しく学べるブースが並びました。J-PARCでは、超伝導コースターとJ-PARCの模型、ポスター等を展示し、400名近くの方が訪れました。超伝導コースター体験コーナーは順番待ちができるほどの人気で、レール上をコマが勢いよく走る様子を、来場者は足を止めて見入っていました。

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■東海村エンジョイ・サマースクール2022で「傾いたまま回るコマを作ろう!」の講座を開催(7月22日、8月2日)

 東海村が主催するエンジョイ・サマースクールで、J-PARCでは、今年も昨年と同様、コマを作る講座を開催しました。7月22日は16名、8月2日は13名の小学5、6年生が東海村図書館に集まってくれました。 まず、方位磁石を並べ、磁石を置いたり、コイルに電流を流した時に磁石の向きが変わる様子を見ることで、電気と磁気の関係を学びました。そして、地球ゴマを傾いたままで回したり、コマの重心を変えることにより、コマの軸の回転が変化することを確かめました。これを歳差運動といい、J-PARCで研究している素粒子が持つスピンの振る舞いと似ていることの説明がありました。

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■こども霞が関見学デー2022で「光のまんげきょうをつくろう」工作教室(8月3、4日)

 「こども霞が関見学デー」は、霞が関に所在する各府省庁が連携し、子供たちが夏休みに広く社会を知る体験活動の機会とし、親子のふれあいを深めることを目的とする取組みです。文部科学省内のJAEAのブースには、2日間で265名の親子が集まり、光のまんげきょうを作ることで、分光の原理を学びました。
 参加者の皆さんは、黒い紙に星形の穴を開け、厚紙を折って、まんげきょうを組み立てます。完成したまんげきょうを明るい方に向けると、星形の穴の上下左右に虹色の光が見えます。皆さんには会場にある様々な照明を覗いて、光の広がりと色の並び方について、共通点や相違点を挙げてもらいました。

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■J-PARCオンライン施設公開2022のお知らせ(8月27日 10:00~)

 8月27日(土)に「J-PARCオンライン施設公開2022-オンラインでしか入れない!? J-PARCの最深部大公開!-」を開催します。YouTube、ニコニコ生放送にてライブ配信いたします。ぜひご覧ください。ライブ配信後にもアーカイブでご覧になれます。
詳しくはこちらの特設ページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/OPEN_HOUSE/2022/

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J-PARCさんぽ道 ㉖ -真崎浦の田んぼ-

 東海村は起伏が少ない村です。地図で調べるかぎり、権現山の標高36mが最高地点のようです。おおまかに言えば、低地は田んぼ、台地の平坦なところは畑、その境目がちょっとした雑木林になっています。
 下の写真は真崎浦の田んぼを撮ったもので、東海十二景のひとつになっています。もとは入江だったこの地で、安政年間から干拓を始め、1938年に完了したものです。田んぼの向こうに控える台地も高くはありません。そのせいか、ここ東海村では田んぼの上に広がる空全体がとても低く見えます。
 8月、風が吹くと、稲の葉やその中にひっそりと咲いた花が、波打つ海原のように次々としなります。青空の中を通り過ぎるちぎれた雲は、それまで強い日差しに輝いていた一面の緑に大きな影を落とし、かなりのスピードで進んでいきます。朝夕は、田んぼ全体が陽の傾きとともに刻々と色を変えます。ほとんど平坦な地形をした東海村の中で、この田んぼの風景は、意外にもダイナミックな姿を映しだしているようです。

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