トピックス

2022.12.23

J-PARC News 第212号

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■受賞

(1)ゴン ウー氏が日本中性子科学会「奨励賞」を受賞

 物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクションのゴン ウー氏が、第20回日本中性子科学会「奨励賞」を受賞しました。
 ゴン氏は、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のBL19工学材料回折装置「匠」と英国ラザフォードアップルトン研究所工学材料回折装置ENGIN-Xの双方を活用して研究を実施しており、受賞は「パルス中性子回折を用いた先進構造材料の組織制御と力学特性に関する研究」の顕著な功績が高く評価されたものです。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/topics/2022/11/15001050.html

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(2)マオ ウェンチ氏が日本中性子科学会「ポスター賞」を受賞

 物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクションのマオ ウェンチ氏が、第20回日本中性子科学会「ポスター賞」を受賞しました。
 準安定オーステナイト鋼は、優れた変形能と耐食性により、工業分野で注目を集めています。一般に、材料の強度を高めるための方法の一つに結晶粒の微細化がありますが、マオ氏は本材料での結晶粒の大きさと力学的特性の関係を、J-PARC MLFのBL19「匠」を用いて解明しました。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/topics/2022/11/18001055.html

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(3)梅垣いづみ氏が日本中性子科学会の「波紋President Choice」を受賞

 物質・生命科学ディビジョン ミュオンセクション梅垣いづみ氏が日本中性子科学会の「波紋President Choice」を受賞しました。
 波紋President Choiceは日本中性子科学会の機関紙「波紋」に掲載されたサイエンス記事、特集記事、技術ノート、入門講座などの記事の中から2年毎に会長が選定します。受賞対象となった梅垣氏の論文のタイトルは「リチウムイオン電池研究におけるミュオンの活用」で波紋Vol31.No.3 113(2021) に掲載されました。
詳しくはKEKホームページをご覧ください。https://www2.kek.jp/imss/news/2022/topics/1114hamon-president-choice/

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(4)第19回加速器学会年会賞を受賞

 第19回の日本加速器学会年会で、特別研究生2名が年会賞を受賞しました。
加速器学会では、研究活動・研究者生活の初期段階にある学生及び若手研究員を奨励する目的で、年会会期中の優れた発表内容に対し、年会賞を設けています。

【口頭発表部門】
 加速器ディビジョン 加速器第三セクション 特別研究生(東北大学)地村幹さんが口頭発表部門で受賞しました。
 リニアックの低エネルギー領域では、強い空間電荷場によりエミッタンス(ビームの位相空間における広がりで、ビームの質を表す指標)の急激な増大が起こります。このエミッタンス増大を緩和するために、ビームラインに非線形磁場を追加することを提案してきました。本提案を実験的に実証するために、四極磁場に加えて非線形磁場を発生させることができる複合多極磁石を開発しました。磁石の磁気回路を短絡することで、純粋な四極磁石と同等の四極磁場を発生させることができる複合多極磁石を考案し、既存の四極電磁石と同等の大きさと収束力を持ちながら非線形場を発生可能な電磁石を実現させました。
タイトル:「J-PARCリニアックにおけるエミッタンス増大抑制のための四極八極結合型電磁石の開発」
「DEVELOPMENT OF QUADRUPOLE-OCTUPOLE COMBINED MAGNET FOR EMITTANCE-GROWTH MITIGATION IN THE J-PARC LINAC
著者:地村幹, 原田寛之, 高柳智弘, 金正倫計

【ポスター発表部門】
 加速器ディビジョン 加速器第二セクション 特別研究生(東北大学)永山晶大さんがポスター発表部門で受賞しました。
 リングから非破壊でのビーム取り出しを実現するために、ビーム軌道上で物質を含まない新しいデバイス「非破壊的静電セプタム」の開発を進めています。ステップ関数のような電場の空間分布は、リング周回ビームへの悪影響を最小限に抑えながら、取り出しビームを周回ビームから分離するために理想的です。この装置は、陽極、陰極、ガイド電極で構成され、ステップ関数的な電場の形成を可能としています。電極に印加する電圧は、最小二乗法を用いた最適化手法により決定しました。さらに、追加で磁場をかけることで、これらのビーム間の分離を改善する「電界・磁界結合型」を新たに提案しました。
タイトル:「粒子加速器における非破壊での遅いビーム取り出し手法の研究」
「STUDY OF NON-DESTRUCTIVE SLOW BEAM EXTRACTION METHOD IN PARTICLE ACCELERATOR
著者:永山晶大, 原田寛之, 下川哲司, 山田逸平, 地村幹, 山本風海, 金正倫計

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■プレス発表

(1)充放電中のリチウムイオン電池内でリチウムイオンの運動を初測定(10月19日)

 総合科学研究機構中性子科学センター、東京理科大学理学部第一部応用化学科、KEK物質構造科学研究所の研究グループは、MLFの汎用µSR実験装置「ARTEMIS」を用いて、充放電中のリチウムイオン電池内で、リチウムイオンが熱エネルギーでジャンプ移動する速さの指標である「自己拡散係数」の測定に世界で初めて成功しました。
 電池内ではイオンが電荷を運びます。このためイオンの拡散係数は電池の性能を決める極めて重要な物理量の一つで、通常は電気化学的な手法で測定されます。しかし、電気化学的な手法では、拡散係数に電池反応が起こる有効反応面積を含んだものしか得られず、物質固有の拡散係数は得られません。そこで、研究グループはミュオンスピン回転緩和(µSR)法に注目しました。さらに充放電中のリチウムイオン電池内の拡散係数を調べるため、特別な観測用電池(写真)を開発しました。これらを使った結果、最も一般的な正極活物質であるLixCoO2中で、充放電によるリチウム濃度の増減とリチウムイオンの自己拡散係数の関係を明らかにしました。
 本研究は、現在のリチウムイオン電池の動作機構の理解や改良のみならず、次世代の電池材料探索や電極作成法の最適化に貢献すると期待されます。その成果は、2022年10月4日、米国化学会が出版するACS Applied Energy Materialsにオンライン掲載されました。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/10/19001035.html

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(2)宇宙産業等への応用が期待! 構造量子臨界点付近の結晶質固体
 Ba1-xSrxAl2O4が結晶・非晶質両方の性質を併せ持つことを発見(10月28日)

 大阪公立大学大学院工学研究科、国立研究開発法人 物質・材料研究機構、東北大学金属材料研究所、J-PARCセンター、公益財団法人 高輝度光科学研究センターの研究グループは、結晶質固体であるBa1-xSrxAl2O4の特定の原子振動が、結晶と非結晶両方の性質を併せ持つ状態になることを発見しました。
 結晶質固体において、結晶構造が不連続に変化する現象を構造相転移と言います。構造相転移は結晶の化学組成をコントロールすることによって、通常有限温度で起こる相転移が絶対零度まで引き下げても可能となり、この相転移点は「構造量子臨界点」と呼ばれています。本研究では、音波のような振動パターンを持つ原子振動によって構造相転移する結晶質固体Ba1-xSrxAl2O4に着目し、構造量子臨界点を示すSr組成(x=0.1)付近での結晶構造や原子振動の状態を、放射光と中性子を使って解析しました。その結果、x=0.1より大きなSr濃度を持つBa1-xSrxAl2O4は、結晶の特徴であるBa原子の周期的な配列とガラス状のAlO4ネットワークのハイブリッド構造をとっており、そのため本物質は結晶固体であるにもかかわらず非晶質固体で一般に見られる熱的特性を示すことが明らかになりました。
 この状態は、原料を均一に混合して加熱するという簡便な方法で作り出すことができ、多様な物質で起こる可能性があることから、結晶の持つ光学的特性や電気伝導性と、非晶質の持つ低熱伝導性を併せたハイブリッド材料を実現し、ロケット用断熱材などの宇宙産業への適用が期待できます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/10/28001043.html

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(3)素粒子ミュオンで捉えた!超伝導に埋もれた微弱な磁気の発見
 -超伝導発現機構の解明に向けて前進-(11月29日)

 JAEA、茨城大学、京都大学、仏グルノーブルアルプ大学、東京工業大学、J-PARCセンター、自然科学研究機構分子科学研究所の研究グループは、絶対零度近くまで冷やしたセリウム系金属化合物であるCeColn5において、超伝導状態のまま磁気を帯びた状態が出現することを観測しました。
 多くの超伝導体において、超伝導現象の発現には結晶の歪みが重要な役割を担うことがわかっています。特定の超伝導体では、磁気が重要な役割を果たすと考えられていますが、今まで明確な証拠は見いだされませんでした。J-PARCでは、セリウム化合物CeColn5の中のIn原子をわずかにZn原子に変えることで元素間の磁気の結びつきを調整したCeCo(ln,Zn)5を絶対零度近くまで冷却し、ミュオンスピン緩和法を中心に超伝導と磁気を精査しました。その結果Zn量の増加に伴い、超伝導に転移する温度が低下し、超伝導状態の中で磁気を帯びた状態が現れることが明らかになりました。この結果は温度以外の物質の変化によって生じた相転移を明確な形でとらえたものです。さらに磁気秩序が現れるZn濃度において、超伝導体への磁場が侵入する長さが明瞭なピークを示すことが分かり、磁気が超伝導と大きく結びついていることを示しています。
 今回の成果は超伝導の出現に量子の効果による磁気が大きな役割を持つことを示しており、超伝導と磁気のかかわりや超伝導の発現機構の解明につながります。これにより、超伝導が現れる温度の上昇に向けた研究開発など、より広い分野での利用や産業的応用につながることが期待されます。なお、本成果は「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載されました。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/11/29001079.html

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■J-PARCハローサイエンス「続・宇宙にあるのか“ハイパー原子核”」(11月25日)

 今回は、東北大学大学院理学研究科の田村裕和教授が講師を務めました。前回(3月)は熱心な質問が多く途中で時間切れとなったため、その続編です。
 宇宙は「ビッグバン」から始まりました。そのあと宇宙が冷えるにつれクォークなどの素粒子が生まれ、陽子・中性子ができ、原子・分子が作られ、それらが集まって星になりました。星の中では原子核の合成が行われ、やがて重い星は超新星爆発を起こしその一生を終えます。超新星爆発のあとに残る物質進化の最終形と言えるものが、ブラックホールや中性子星です。この中性子星は、中性子だけでできているのでしょうか?ハドロン実験施設では、大強度陽子加速器で作られるπ中間子やK中間子を使い原子核中のクォークを入れ替え、陽子や中性子にはないストレンジクォークを含む「ハイパー原子核」を作っています。この実験から、陽子や中性子と、ストレンジクォークを含んだその仲間の粒子との間に働く力の様子がわかり、ハイパー原子核が中性子星内にあるのかがわかります。J-PARCではいくつかの実験で世界初の成果が発表されました。計画されているハドロン実験施設の拡張などによって、謎の解決に向けた研究がさらに進むことが期待されます。宇宙に存在する物質は、アップ、ダウンと、ストレンジクォークからできている、という21世紀の新たな自然観が打ち立てられるかもしれません。
前回のハローサイエンスは、こちらをご覧ください。https://youtu.be/Al2fInptcF4

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■ご視察者など

 12月14日 英国 George Freeman 科学・研究・イノベーション担当大臣 他

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■加速器運転計画

 1月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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J-PARCさんぽ道 ㉚ -ビーナスベルト-

 冬至の2日前、12月20日の日没過ぎに撮影した写真です。夕日の反対側にある東の海にも、こんな光の風景が広がっていました。
 まだ明るい灰色の空の下にピンク色の帯が見えます。これをビーナスベルトと言います。その下から水平線までの間は紺色になっています。ピンク色は反対側にある太陽からの赤い光がスクリーンとなっている空の青さと混ざったもの、その下の紺色は地球の影だそうです。この日はちょうど波が穏やかだったので、海にもビーナスベルトのピンクが一面に映っています。
 クリスマスが迫り、街のあちこちでイルミネーションが輝く時期になりました。ここJ-PARCでは、日光、大気、地球の丸さと海面が創り出す壮大な光の共演を観ることができます。

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