J-PARC News 第213号
■小林隆J-PARCセンター長年頭挨拶
あけましておめでとうございます。
昨年は、コロナウイルス流行収束の兆しは見えない中、ウィズコロナでの社会経済活動を再開させる動きが国内外で進みました。
RCS/物質・生命科学実験施設(MLF)は4月から830kWにビーム強度を高め、95%という非常に高い運転効率でビームを供給しました。MLFの実験では、小惑星探査機はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウからのサンプルの成分分析や、燃料電池の開発など、様々な成果を上げました。MRは、長年取り組んできた大強度化のための建設と工事が2021年度中に完成しました。MRの中枢部分の多くを取り替えるというものです。新年はいよいよ、新生MRを用いた大強度ビーム運転が本格的に始まります。
またJ-PARCサイト内に海外からの研究仲間を再びお迎えすることができました。J-PARCなどでの世界最先端の研究は世界の国々の研究者との国際協力・共同研究による切磋琢磨が本質的に重要で、「同じ釜の飯を食った」経験がその後の長期にわたる協力関係、ひいては国際平和にも、繋がるものと信じます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
令和5年1月吉日 J-PARCセンター長 小林 隆
■第5回サイエンスフォトコンテスト サイエンス賞を受賞
加速器ディビジョン加速器第五セクションの魚田雅彦氏の作品「四極電磁石ダクト内鏡面反射像はレイトレーシングの夢を見るか」が、科学技術団体連合主催、文部科学省共催 第5回サイエンスフォトコンテストにおいて、一般部門サイエンス賞を受賞しました。科学技術団体連合は、わが国における科学技術の振興及び普及啓発の推進に寄与することを目的に事業を推進しており、その一環として「発見!身近な科学の不思議や驚き」をテーマに募集が行われました。
なお、この作品は、J-PARCフォトコンテスト2022で最優秀賞となったものです。
■プレス発表
(1)スピンの揺らぎの直接観測に世界で初めて成功
-ナノメートルサイズの磁性を解明し、超小型磁気素子の機能向上へ -(12月7日)
JAEA、総合科学研究機構、J-PARCの研究グループは、新たに開発した解析プログラムを使って、世界で初めて電子のスピンの揺らぎを直接観測することに成功しました。これにより、他の方法では困難だったナノメートルサイズの小さな磁性体中のスピンの揺らぎを直接観察することが可能になります。
磁石の性能は電子の持つスピンの「揺らぎ」と関係しています。これまでの揺らぎはスピンに敏感な中性子散乱法により測定されてきましたが、シグナル強度の不足によりスピンの揺らぎの直接観測は困難でした。そこで、弱いシグナル強度にも対応可能なフーリエ変換を利用した新しい解析プログラムを開発しました。J-PARCのMLFの4次元空間中性子探査装置「四季」で、0.6MWでの中性子ビームをFeTiO3という粉末の磁性体試料に照射し、本プログラムにより解析したところ、サブナノメートル離れた2つのスピンの揺らぎの方向が、同方向と反対方向との2種類のモードがあることを観測できました。
これらの成果により、未知の物質でもスピンの揺らぎを直接調べることが可能となり、スピン間の相互作用の符号と強さがわかるようになりました。ナノ磁性体だけではなく、アモルファス磁性体など、様々な磁性体にも応用ができます。将来はナノメートルサイズの超小型の磁性材料の開発がこの手法を用いて加速されると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/12/07001084.html
(2)太陽光エネルギーの吸収が水素原子1つで変わる!
タンパク質中で色が変わる色素の水素原子の可視化に世界で初めて成功
-中性子構造解析と量子化学計算を組み合わせ 色素の緑と青の違いが生じる原因を解明-(12月21日)
茨城大学、宮崎大学、久留米大学、久留米工業高等専門学校、ドイツのTechnical University Munich等の共同研究により、光合成色素のもとになる色素がタンパク質(酵素)と結合した時に現れる色の違いが、水素原子1つの違いによるものであることを、世界で初めて可視化しました。
光合成生物シアノバクテリアは、光合成に必要な複数種類の色素を含んでいます。その中の1つフィコシアノビリンは、酵素(PcyA)が生体内のビリベルジン(BV)の2箇所を還元することにより作られます。これまでの研究で、PcyAのアミノ酸の1つを別のアミノ酸に変異すると、BV結合後の色が変化することが知られていますが、タンパク質中の水素原子を可視化できないため、その原因が解明されませんでした。
そこで、本研究では、J-PARCの MLF内にある茨城県生命物質構造解析装置「iBiX」やミュンヘンの研究用原子炉内にある生体高分子用解析装置を利用して、BVが結合し、野生型とは異なる色が現れた不活性な変異体酵素2種類の構造を、中性子線により解析しました。その結果、色素についた水素原子の数が1つ異なっていることが初めて可視化されました。加えて量子化学計算により、BVとその周辺の残基のプロトン化の状態が色の違いを左右していることも分かりました。
この成果は、光を吸収して信号やエネルギーを伝達するような色素を効率よく生産し、人工光合成を推進することにも期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/12/21001091.html
■J-PARCハローサイエンス「素粒子作る匠の技〜ミュー粒子生成標的の現場から〜」(12月23日)
今回のハローサイエンスは、物質・生命科学ディビジョンの的場史朗氏が講師を務め、大強度の陽子ビーム照射に耐えながら世界最高強度のミュオンビームを作り出す回転標的の技について紹介しました。
J-PARCで使われるミュオン生成標的は、耐熱・耐放射線、低放射化で熱衝撃に強い材料を選ぶ必要があります。2008年から2014年までは固定標的方式を採用し、銅と黒鉛の熱膨張係数の大きな差を吸収するため、チタンを挿入したことで5年間一度も交換せず安定稼働を達成しました。しかし、高放射線・高温条件で黒鉛がダイヤモンド化して加熱時に脆くなるという問題がありました。その後、ビームの大強度化を見据え、ビームによる発熱、照射損傷を分散させる回転標的方式が採用され、1号機が2014年から5年間、2号機が2019年から現在まで安定稼働しています。この回転標的は二硫化タングステンをベアリングの潤滑剤として採用したことで長寿命化が可能となりました。なお、この技術はスイスPSI研究所へも技術提供され、1年に3回程度交換していた回転標的を1年間安定運転させています。
さらに、世界で初めて回転標的の温度を測定することに成功し、計算値と実測値がほぼ一致していることが確かめられました。シミュレーションの正確性が確認できたことにより、今後どれだけ陽子ビームの強度を上げられるかの評価にも繋がりました。
■多摩六都科学館で実験教室「傾いたまま回るコマを作ろう!
~コマの回転から加速器研究の世界を見る~」開催(1月15日、西東京市)
1月15日、J-PARCセンターはKEKと多摩六都科学館と共催で、傾いたまま回るコマの工作や電気と磁石の関係を調べる科学実験イベントを開催しました。このイベントは小学4年生から高校生を対象とし、J-PARCセンター加速器ディビジョンの大谷将士氏、名古屋大学の茨木優花氏が講師を務めました。
午前、午後とも9名が参加し、方位磁石を用いた磁石と電流の実験、地球ゴマを使った歳差運動の観察、手作りコマを使って重心の位置をずらしながら歳差運動が起こらない状態をつくりだす実験に取り組みました。特に歳差運動の観察には、子どもたちはもちろん、付き添いの大人も夢中になりました。こうした実験を通して、素粒子にはコマと似ている性質があること、素粒子がもつ特別な回転(スピン)について学びました。参加者には科学の楽しさを感じていただけたようです。
■ご視察者など
1月20日 井出庸生 文部科学副大臣 他
■加速器運転計画
2月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
J-PARCさんぽ道 ㉛ -村松の森-
J-PARC研究棟の屋上に登ると、一面に広がるクロマツの森の中に、研究施設がまばらに建っているのが分かります。クロマツは正月飾りに使われる松で、東海村の木に指定されています。その昔、この辺りは砂丘地帯で、何日間も砂嵐が吹き荒れ続け、集落が埋まったという伝説があります。当時の住人たちは、ここにクロマツを植え、防砂林や防風林にしました。
J-PARCの建設時には、この伝統あるクロマツの木を残すため、大規模な植え替え作業をした経緯があります。また、横浜国立大学名誉教授の故宮脇昭先生のご指導により、植樹祭を2回開催しました。宮脇先生によると、クロマツは荒れた砂地に最初に生えるパイオニアだそうです。すでに陽樹であるクロマツの間から日光をあまり必要としない陰樹が徐々に芽を出しており、将来、この地では多様な木々が生い茂ることになるでしょう。
J-PARCも科学技術のパイオニアとして、この地で生まれた成果が世界中で役に立つことを願っています。