トピックス

2021.12.17

J-PARC News 第200号

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■日本中性子学会第21回年会で、J-PARCセンター関係者が受賞

【瀬戸教授が学会賞を受賞】
 J-PARCセンター物質・生命科学ディビジョン/KEK物質構造科学研究所の瀬戸秀紀教授が、「中性子のソフトマター研究への応用と発展」というテーマで学会賞を受賞しました。この賞は学会の正会員もしくはシニア会員で、中性子科学の進歩発展に寄与し、その業績が特に顕著な者に贈られるものです。
瀬戸教授は長年にわたりソフトマター研究に必要不可欠な中性子実験装置群の開発や利用研究に尽力し、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)ではBL16中性子反射率計「SOFIA」の建設に関与するとともに、BL06共鳴型スピンエコー装置「VIN ROSE」の設置を提案しました。またソフトマターの時空間階層秩序に着目し、生命現象をも視野に入れつつ、中性子小角散乱を用いた油と水の界面の自発的運動の微視的な要因を明らかにする研究や、中性子準弾性散乱によるリン脂質膜に水和する水のダイナミクスの研究などで成果を挙げました。
受賞対象となった成果の一部は以下のプレスリリースをご参照ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2020/03/30000504.html

【奥平助教が奨励賞を受賞】
 名古屋大学 理学研究科助教、J-PARCセンター共通技術開発セクション協力研究員の奥平琢也氏が、「J-PARCにおける高性能3He中性子スピンフィルターの開発とその先導的研究」というテーマで奨励賞を受賞しました。この賞は中性子科学に関して優秀な研究を発表した40歳以下の研究者に対して贈られるものです。
 中性子科学研究において、中性子のスピンを揃えるための中性子偏極デバイスの開発・高性能化は非常に重要です。奥平助教は、MLFにて高性能スピンフィルターの作製プロセスを確立するとともに、大強度レーザー偏極装置を組み合わせることにより、理論限界に迫る85%の核スピン偏極率および200時間のスピン緩和時間を実現する3Heスピンフィルターの高性能化に成功しました。MLFの多数のビームラインで使用実績をあげ、原子核の偏極中性子吸収反応に伴うγ線放出方向の偏りの発見や、中性子小角散乱における偏極解析手法の確立などを成し遂げました。
受賞対象となった成果の一部は以下のプレスリリースをご参照ください。 http://www.j-parc.jp/c/press-release/2020/07/15000563.html

 また、MLFのビームラインを製作するための技術を開発した、理化学研究所の細畠拓也氏、山形豊氏が技術賞を授与されました。

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■プレス発表

(1)ナトリウムイオン電池の負極材料開発に光
 -ハードカーボン中のナトリウムイオン拡散を観測-(12月3日)

 気候問題の解決に向け、高性能の蓄電池の実現と普及が急がれています。リチウムイオン電池はリチウムの資源量の少なさが問題となり、ほぼ無尽蔵に資源量を有するナトリウムを用いた電池の研究が進められています。高性能電池の開発には、電気を運ぶイオンが電池の材料中を速く動けることがポイントですので、イオンの動きやすさの指標である「自己拡散係数」を求めることが重要です。しかし、電気化学に基づく従来の測定手法では、材料固有の拡散係数を決めることは不可能でした。
 総合科学研究機構(CROSS)の大石一城 副主任研究員らは、J-PARCのミュオンと汎用µSR実験装置「ARTEMIS」を用いて、ナトリウムイオン電池の負極材料候補であるハードカーボン中のナトリウムイオンの自己拡散係数を求めることに成功しました。ミュオンの持つ磁石の性質を利用して、同じく小さな磁石であるナトリウムの原子核の動きをとらえることができるのです。ハードカーボン中のグラフェン層間のナトリウムイオンは、黒鉛中のリチウムイオンより動きにくいけれども、低温まで動けるということが分かりました。また、室温以上では、グラフェン層間のみならず、微細空孔中のナトリウムイオンの運動も観測されました。これらの結果は、ナトリウムイオン電池の負極材料開発に大きな指針を与えます。今後、正極材料や電解質の拡散係数も求めていき、より高性能なナトリウムイオン電池の実現につなげます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/12/03000771.html

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(2)ディープラーニングによって大幅な統計ノイズの低減に成功
 -中性子実験の測定時間を1/10以下に短縮、新規材料開発等に貢献-(12月8日)

 材料の表面・界面を評価する手法である中性子反射率法は、太陽電池やリチウム電池、記録材料の開発、また物体同士の接着技術の向上などのために有用な手段です。しかし、J-PARCの大強度中性子ビーム(多数の中性子を試料に照射できる)をもってしても数十分〜数時間以上の測定時間がかかり、限りある中性子施設の稼働期間中により多くの測定を行うためには、測定時間の短縮が必要です。測定時間を単純に短縮すると統計ノイズにより測定精度が低下するため、精度を落とさずに短時間で測定する手法の開発が求められていました。
 J-PARCの青木研究主幹/特別教授(JAEA/KEK)らは、機械学習法の一つであるディープラーニングを中性子反射率データに応用しました。それにより、データに入り込むノイズの特徴を学習し、短時間で測定されたデータからノイズを除去することで真の信号を抽出することを可能にしました。開発した手法をJ-PARCの中性子反射率計「写楽」で通常の20分の1の時間で測定したデータに適用したところ、ノイズが除去でき(図)、これを解析して得られた試料の構造は、通常の測定から導いた結果とよく一致しました。測定精度を損なわずに測定時間を短縮でき、短時間で構造変化する試料の変化の過程を追跡することも可能になります。さらに、本手法は散乱実験やX線を用いた測定などにも応用可能であり、量子ビームの利用を大きく加速するものと期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/12/08000775.html

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■J-PARCフォトコンテスト2021を開催

 毎年秋に開催されるJ-PARCフォトコンテストは今年8回目を迎え、J-PARC関係者、ユーザーなどから13名、計21点の作品応募がありました。受賞作品選考には外部委員2名にもご協力をいただき、最優秀賞1点、優秀賞2点、佳作6点が選ばれました。
 受賞作品の表彰式は11月11日に行われ、小林センター長から各賞受賞者に表彰状と副賞が手渡されました。最優秀賞作品には、中性子利用セクションのハルヨ ステファヌス氏の「熱いのに耐えるのか」が選出されました。MLFでの中性子回折実験中、金属試料を加熱した状態で引張変形を加えた写真で、作品が持つ緊張感などが評価されました。入賞作品は、カレンダー等、J-PARCの広報媒体として使用します。

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■J-PARCハローサイエンス「K中間子でひもとく物質と反物質の性質の違い」(11月26日)

 先月に引き続き、いばらき量子ビーム研究センター(IQBRC)で、オンラインを併用して行いました。講師はJ-PARCセンター素粒子原子核ディビジョン塩見公志氏で、来場者7名、オンライン19名の参加がありました。
 CP対称性の破れという物質と反物質の性質の違いを調べる研究は、宇宙創生を解明するための重要なテーマです。この現象はK中間子の崩壊の測定で1964年に発見されましたが、KEKのBファクトリーでの実験においてB中間子の崩壊でも確かめられ、小林、益川両博士がノーベル物理学賞を受賞するきっかけとなりました。さらに新たな角度からCP対称性の破れを調べるため、J-PARCのハドロン施設では、中性K中間子が中性π中間子と2つのニュートリノに稀に崩壊する現象を探求する世界唯一の国際共同研究「KOTO実験」が行われています。
 KOTO実験では既に世界最高感度を達成し、中性K中間子の稀崩壊の割合は3億分の1よりも小さいという結果を得ていますが、2018年秋に行った測定器の増強を元に、新たなデータ収集が2019年2月から始まり、最高感度の更新が期待されています。塩見氏はKOTOの原理、ビームラインや検出器の特徴などを説明し、更に今後得られるデータへの期待について述べました。

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■加速器運転計画

 1月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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さんぽ道 ⑱ RCS法面に浮かぶ上弦の月 -J-PARC NEWS 第200号発行を記念して-

 RCS加速器の北側法面は常緑広葉樹がうっそうと茂っています。この場所は、2005年4月に当時の横浜国立大学名誉教授 故 宮脇昭先生のご指導の下で、植樹祭を行ったところです。
 その様子は、「J-PARC NEWS 第1号」で述べられています。造成したての1,600m2の法面に、参加者400名が植えた6,000本の苗木は、16年8ヶ月経った現在ではRCS棟のてっぺんも隠す程度にまで成長しました。
 発行当初は工事の進捗状況を中心にお伝えしてきたJ-PARC NEWSですが、最近の記事の主役はJ-PARCで得られた研究成果の紹介に変わりました。法面に植えられた苗木たちとともにJ-PARCがここまで成長できたのは、この読者を始めとする皆様のご理解と応援のお蔭であり、改めて感謝を申し上げる次第です。
 RCSの上には上弦の月が浮かんでいます。J-PARC NEWSの第1号から約200回の満ち欠けを繰り返しています。
J-PARC NEWS 第1号はこちらをご覧ください。http://j-parc.jp/ja/news/2005/news-j0504.html

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