日欧の加速器の高性能化に貢献- J-PARC、CERNで使う金属磁性体を製造 -
先端技術の粋を集めて自然の極限を探る最先端の加速器は、さまざまな工夫を積み重ねて増強が迫られる宿命にあります。J-PARCセンターの大森千広 (おおもり・ちひろ) 教授らが所属するリング高周波加速 (RF) グループは、高周波加速システムに必要な高性能な金属磁性体の製造装置を開発しました。この磁性体はJ-PARCの加速器に導入されたほか、ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関 (CERN) の加速器用にも製造され、日欧の大型加速器の増強を担い、さらにがん治療用の加速器の小型化やコスト低下にもつながる機能を発揮するものとして、期待されています。
長年の開発努力が実った
J-PARCを共同運営する組織のひとつである高エネルギー加速器研究機構 (KEK) は20年以上にわたって、粒子の速度が変わる陽子・イオン加速器用に、広帯域で加速電圧の高い高周波加速システムの開発を続けてきました。これは自動車に例えるならば、どんな速度でも加速の良いエンジンということです。その努力が実り、KEKとJAEAの開発したシステムは、今や加速器高性能化の切り札の一つになっています。
J-PARCの加速器は、全長300mの線形加速器「リニアック」、周長350mの3GeVシンクロトロン「RCS」、周長1600mの主リングシンクロトロン「MR」から成り、この3段階の加速器で陽子を順次加速して、光速の99.95%に達するビームを生成し、各種の実験に提供しています。今回、このJ-PARCの加速器に、世界で初めて金属磁性体 (日立金属の軟磁性材料ファインメット®) が使われた加速空洞がRCSとMRに本格的に導入され、この結果、3GeV RCSの小型化と、高次高調波導入によるビーム強度増強が可能になりました。
今回の開発に至る以前、KEKの研究チームは、2011年にJ-PARCハドロンホールで超高性能磁性体の製造装置のコア開発に成功しています (プレスリリース http://www2.kek.jp/ja/news/press/2011/080315/) 。さらに2013年には、大森教授らが高性能な金属磁性体ファインメット®FT3Lの大型リング製造装置を自作しました。
今回の製造装置の開発に際して、大森教授らのチームは、J-PARCのハドロン、ニュートリノ、低温グループの他、つくば放射光ERLグループにも協力を仰ぎました。金属磁性体中のナノ結晶の挙動については、物質・生命科学実験施設MLFのミュオングループとのμSR実験によって理解を深めました。大森教授は「一連の開発はJ-PARC/KEKの各部門の連携、協力があって実現しました」と話しています。
試験後に、大型リング量産のため、この装置は日立金属の工場に貸し出されました。同工場で、MRのビーム間隔を短縮する高繰り返し化に必要となる280枚の金属磁性体大型リングが製造され、2014から16年にかけて、これらのリングを組み込んだ新しい空洞がJ-PARCの加速器に設置されていた既存の空洞と交換され、加速空洞が高性能化されました。
KEKとCERNの共同研究
KEKとCERNは重イオン加速器「LEIR (Low Energy Ion Ring) 」の共同研究以来、2002年からこの広帯域加速空洞の分野で共同研究を続けています。2012年、両機関は、新たな共同研究として2つの陽子加速器PSB (PSブースター) への金属磁性体FT3Lを用いた加速空洞 (金属磁性体ファインメット®FT3L空洞) の導入の検討とPSのビーム不安定現象対策のための空洞の開発を開始しました (http://www2.kek.jp/accl/topics/topics120308.html) 。CERNでは、陽子は、線形加速器、PSB、PS (陽子シンクロトロン) 、SPS (Super Proton Synchrotron) を経てLHCで加速されており、PSBは陽子ビーム加速専用の装置になりますが、この開発はLHC入射器増強計画の一環に位置付けられています。
KEKの磁場中熱処理装置を用いて、両機関の共同研究チームがPSB用の金属磁性体FT3Lリングを製造したところ、他の装置で製造した金属磁性体より高い性能であることが確認されました。そのため、PSB用の量産には、KEKが開発したこの磁場中熱処理装置が使用されることになりました。
LHCの増強計画に採用
LHCの入射器であるPSBの増強については、当初、旧型のフェライト空洞更新計画が考えられていました。しかし、J-PARCで開発した製造装置による金属磁性体ファインメット®FT3L空洞の高い性能と価格的な優位性が認められ、2回の国際レビューを経て、CERNのPSB増強に採用されることになりました。
CERNでは、2016年から高周波システムの量産が始まり、2019、2020年のLHC長期停止期間LS2 (Long Shut Down2) にPSBでの空洞入れ替えの大作業が予定されています。
検討や調査を重ねて量産へ
FT3L空洞の量産に至るまでに、CERNでは広帯域空洞導入について、ハード、ソフト、制御、加速器理論など多角的な観点からの検討が行われました。2013年はCERNの長期運転停止期間であったため、J-PARCの施設を用いて、ビームが空洞に与える影響の調査とPSB加速器のトンネル内に置かれる半導体増幅器に対する放射線の影響の調査が行われました。放射線の影響に関するより詳細な検討は、J-PARCでの試験の後、国内外の放射線照射施設で現在も継続されています。
そしてついに、2014年にPSBのリングに空洞が設置され、ビーム試験により、FT3L空洞の高い性能が確かめられました。現在のPSBで現在使われている3種類のフェライト空洞を、たった一種類の広帯域空洞で賄うことができるようになるため、2019、2020年のLHC長期停止期間の際、すべての空洞をFT3L空洞に入れ替えることとなっています。
この入れ替えによって、PSBではより高強度のビーム加速が可能になり、最大エネルギーも現状の1.4GeV (GeVは10億電子ボルトでエネルギーの単位) から2GeVに上がります。入射器の性能向上はLHCでのルミノシティ (粒子の衝突性能) 向上にもつながります。
KEKはこのCERNのPSBのために、必要な340枚のうちの132枚の金属磁性体ファインメット®FT3Lリングを提供したほか、磁場中熱処理装置を用いた量産のサポートを行い、製造中の初期トラブルに対応しました。残りの208枚はCERNが発注しましたが、340枚のすべてが、KEKが開発した製造装置で作られて輸出されました。組み立て中のPSB空洞の写真に写っている金属磁性体リングで左右の端にある白くて長いラベルのものはKEKから提供したものです。KEK/J-PARCの製造装置によって、340枚の金属磁性体空洞が安定して高い性能を維持し、量産に成功したのです。
この日欧の高周波加速の共同研究では、PSBの他にも、PS加速器に設置した広帯域空洞を用いて、ビームを不安定にし、LHCでのルミノシティ向上の妨げになる「結合バンチ不安定性」現象の対策の研究を行っています。
以上の研究の中心を担ってきた大森教授は「磁場の中で性能の良い磁性体を作る装置は加速器の増強にとって大きな役割を果たします。KEK/J-PARCとCERNの共同研究もうまく進み、ベストの高性能磁性体を提供できました。実際に加速器の改良に使われるのは喜ばしいことです。今後も加速システムの性能を上げるよう研究を続けていきます」と話しています。