プレスリリース

2023.11.17

超高速イオン伝導と高安定性を示す 低環境負荷材料を創製し、新しい伝導機構を解明
ー 新イオン伝導体・燃料電池・センサー等の開発を加速 -

東京工業大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
東北大学

要点

  ✣ 従来の材料より175倍高い酸化物イオン(O2−)伝導度を持つBa7Nb3.8Mo1.2O20.1を創製
  ✣ 新材料は高いプロトン(H+)伝導度、高い安定性、希土類や鉛を含まないこと、低い焼結温度という低環境負荷といった特徴も持つ
  ✣ バケツリレー型超高速酸化物イオン伝導などの、新しいイオン伝導機構を解明

概要

  東京工業大学 理学院 化学系の八島正知教授、作田祐一大学院生、藤井孝太郎助教、村上泰斗特任助教(研究当時)、安井雄太大学院生(研究当時)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所(研究当時)の萩原雅人博士、東北大学金属材料研究所の池田陽一助教と南部雄亮准教授、オーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)のMaxim Avdeev博士とJames R. Hester博士らの研究グループは、中低温域で高い酸化物イオン伝導度(用語1)、高いプロトン伝導度(用語2)、高い安定性を示す新物質Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1(用語3)を発見した。

  Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1の酸化物イオン伝導度は、実用材料のイットリア安定化ジルコニア(YSZ)より、306℃で175倍高く、357℃以下で酸化ビスマス固溶体より高いという結果が得られた。また、湿潤空気中の伝導度(酸化物イオン伝導度とプロトン伝導度の合計)は従来材料Ba7Nb4MoO20の13倍であった。さらに、Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1における大量の過剰酸素および水和したH2Oの酸素原子が、(Nb/Mo)2O9二量体(用語4)および五配位多面体(Nb/Mo)O5単量体(用語4))として取り込まれ、この二量体、単量体と四面体 (Nb/Mo) O4の消滅と再生成により超高速酸化物イオン伝導が起こることが分かった。この拡散機構ではNb/Moが酸素原子をバケツリレーのように移動させると考えることができる(図1)。超高速酸化物イオン伝導の一因である低い活性化エネルギー(用語5)は、結晶構造における幅広い酸化物イオン伝導層に起因することも見出した。また、結晶構造における六方最密充填BaO3層におけるプロトン移動が、高いプロトン伝導度の原因であることを明らかにした。この新しいイオン伝導機構の解明により、さらなる新材料の発見が促進されると考えられる。また、希土類や鉛を含まず、焼結温度が1,100~1,200℃と低く、環境負荷、資源、安全、安定性の上でも優れた超高速イオン伝導体Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1の発見は、低コスト高性能燃料電池など電気化学デバイスの開発につながると期待される。

  本研究成果は2023年11月14日(米国時間)に米国化学会の学術誌「Chemistry of Materials」に掲載された。

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図1:(a)第一原理分子動力学シミュレーションにより得られたBa7Nb3.8Mo1.2O20.1のスナップショット。酸素欠損層上の酸素原子(青い球)が、二量体の消滅により隣の青い球を押し出して移動する。(b)この移動機構を模式的に表したバケツリレーの図。
青い球とバケツは酸素欠損層の酸素原子、灰色の球は六方最密充填層の酸素原子、緑色の球と人はM原子を示す。ここでMはNb/Moであり、Nb原子またはMo原子を表す。©Authors and American Chemical Society (2023).

背景

  近年、酸化物イオンとプロトンの両方のイオンが伝導する、デュアル(二重)イオン伝導体に注目が集まっており、さまざまな電気化学デバイスへの応用が可能なクリーンエネルギー材料として期待されている。Ba7Nb4MoO20がデュアルイオン伝導体として提案されているが、伝導度が低いことが問題であり、伝導度が高くて安定な材料が望まれていた。八島教授の研究グループではバリウム(Ba)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)を含むBa7Nb4MoO20系材料などのさまざまな新しいイオン(酸化物イオンおよび/またはプロトン)伝導体を探索してきた。また、優れたイオン伝導体の開発には、イオンが拡散する機構を深く理解する必要があり、八島教授の研究グループにおいてもBa7Nb4MoO20系材料の平均構造を調べ、酸化物イオンが準格子間機構(用語6)により拡散することを報告したが、その局所的・動的な構造は分かっていなかった。

研究成果1:超高速イオン伝導を示す新物質Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1の発見

  本研究では、Ba7Nb4‒xMo1+xO20+x/2試料(x = 0, 0.02, 0.04, 0.06, 0.08, 0.1, 0.12, 0.14, 0.16, 0.18, 0.2, 0.22, 0.25, 0.3)を1,100℃で固相反応法により合成し、その電気的・構造的性質を調査した。Mo過剰量x > 0の組成Ba7Nb4‒xMo1+xO20+x/2を合成した理由は、Nb5+の一部をMo6+で置換すれば過剰酸素量x/2が増加し、過剰酸素が格子間酸素として取り込まれて酸化物イオン伝導度が増加すると予想したためである。実験の結果、Ba7Nb4‒xMo1+xO20+x/2の14組成の中で新物質Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1の電気伝導度が最も高いことが分かったので、Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1のイオン伝導性を詳しく調べた。その結果、乾燥雰囲気において酸素濃淡電池の起電力測定(用語7)により得られたBa7Nb3.8Mo1.2O20.1酸素輸率(用語7)が1に近く、酸素分圧に対して電気伝導度が一定である電解質領域が非常に広いことから(例えば603℃で5.4×10‒25 ~1気圧)、乾燥雰囲気においてBa7Nb3.8Mo1.2O20.1が酸化物イオン伝導体として機能することが分かった。電解質領域が広いことは高い電気的・化学的安定性を持つことを意味する。また、CO2気流中400℃で24時間アニールしても試料は劣化せず、化学的安定性が高いことも分かった。乾燥空気中におけるBa7Nb3.8Mo1.2O20.1のバルク(粒内の)伝導度(酸化物イオン伝導度)は非常に高く、今回の実験においては、実用材料のイットリア安定化ジルコニア(YSZ)より306℃で175倍高く、357℃以下で酸化ビスマス固溶体より高いことが分かった(図2)。湿潤空気中におけるBa7Nb3.8Mo1.2O20.1の伝導度(デュアルイオン伝導度)はさらに高く、プロトン伝導度も高い。湿潤空気中400℃における新物質Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1の全直流伝導度(デュアルイオン伝導度)は、従来材料Ba7Nb4MoO20の13倍であり、BaCe0.9Y0.1O3−δ(BCYO)やBaZr0.1Ce0.7Y0.1Yb0.1O3−δ(BZCYYbO)よりも高い。これらの高い伝導度と高い安定性は、Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1が優れたイオン伝導体であることを示している。また、Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1は希土類や鉛を含まないため、また従来材料に比べて焼結温度が1,100~1,200℃と低いため資源の確保、環境負荷と安全面においても優れた材料と言える。

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図2: Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1と既知の酸化物イオン伝導体との粒内の伝導度の比較。紫色の線がYSZ、緑色の点線が酸化ビスマス固溶体の伝導度である。©Authors and American Chemical Society (2023).

研究成果2:超高速イオン伝導機構の解明

  Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1の高い伝導度の発現機構を調べるために低温~高温でBa7Nb3.8Mo1.2O20.1中性子回折(用語8)実験、第一原理分子動力学(AIMD)シミュレーション(用語9)などを行った。その結果、図3に示すように、Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1六方ペロブスカイト関連酸化物(用語10)であることが分かった。Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1には酸素が欠損したc' (Ba1)(O1)2.1‒z(O5)z層が存在する。中性子回折データの最大エントロピー法(MEM)により得られた中性子散乱長密度分布は、c' 層上における格子酸素O1と格子間酸素O5間の酸化物イオン拡散を示している(図4a)。このことはAIMDシミュレーションによっても確かめられた(図4b)。この格子酸素と格子間酸素を介した準格子間機構が高酸化物イオン伝導度の原因である。

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図3: (a) 800℃でその場測定した中性子回折データの構造解析により精密化したBa7Nb3.8Mo1.2O20.1の結晶構造。(a)のc' : (Ba1)(O1) 2.1‒z(O5)zと(b)は酸化物イオンが伝導する酸素欠損層であり、赤い球のO1は格子酸素、薄いピンク色の球であるO5は格子間酸素である。ここでzはO5の酸素量を表す。(a)の六方最密充填層の一つh: (Ba4)(O4)3を(c)に示す。

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図4:(a)800℃でその場測定したBa7Nb3.8Mo1.2O20.1の中性子回折データのMEM解析により得られた、c' 酸化物イオン伝導層(図3bに対応)における中性子散乱長密度分布。(b)AIMDシミュレーションで得られたBa7Nb3.8Mo1.2O20.1のc' 酸化物イオン伝導層(図3b, 4aに対応)における酸素原子の確率密度分布。©Authors and American Chemical Society (2023).

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図5:1,200℃におけるAIMDシミュレーションで得られたBa7Nb3.8Mo1.2O20.1における酸化物イオン移動の(a)スナップショットと(b,c)模式図。©Authors and American Chemical Society (2023).

  次にAIMDにより局所的・動的構造の時間変化を調べた。結晶構造解析で得られた平均構造では、c' 酸化物イオン伝導層にはM=(Nb/Mo)の酸素四面体MO4と八面体MO6のみが存在するのに対し、AIMDで得られた局所的・動的構造では、c' 層にはMO4と単量体MO5と二量体M2O9のみが存在している(図5)。この二量体、四面体と単量体が消滅し、再生成する際に、c' 層内の酸化物イオンが、隣に存在する別の酸化物イオンを押し出すという協調的(cooperative)な準格子間機構により、酸化物イオンが移動すると考察した。この酸化物イオンの移動は、多くの人(M陽イオン)が一列に並び、バケツに入った水(酸化物イオン)を隣の人に次々と手渡す、協調的な「バケツリレー」を連想させる(図1)。類似した二量体の消滅・再生成により酸化物イオン伝導を示すとされている別の物質がいくつかあるが、その中でBa7Nb3.8Mo1.2O20.1は最も高い伝導度を示す。これは格子酸素O1と格子間酸素O5の距離が短く、格子をまたいでO1とO5が連結するからであると考えられる。

  また、図6に示すように、六方ペロブスカイト関連酸化物におけるc' 酸化物イオン伝導層を挟むBa2とNb/Mo2の間の原子間距離が増加すると、酸化物イオン伝導度に対する活性化エネルギーが減少することが分かった。Ba3MoNbO8.5に比べてBa7Nb3.8Mo1.2O20.1におけるc' 層の酸素量が少ないために、Ba2-Nb/Mo2原子間距離が長く、活性化エネルギーが低いと考えられる。すなわちBa7Nb3.8Mo1.2O20.1のBa2とNb/Mo2の原子間距離が長く、Ba2とNb/Mo2を含む伝導層が幅広いことが低い活性化エネルギーの原因である。

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図6:いくつかの六方ペロブスカイト関連酸化物におけるc' 酸化物イオン伝導層を挟むBa2とNb/Mo2原子の配置(a)と、Ba2-Nb/Mo2原子間距離と酸化物イオン伝導度に対する活性化エネルギーの関係(b)。©Authors and American Chemical Society (2023).

  最後に、高いプロトン伝導度の原因を調べるために、水和したBa7Nb3.8Mo1.2O20.1の中性子回折実験とAIMDシミュレーションなどを実施した。重水により水和したD2Oの酸素Oはc' 酸化物イオン伝導層に存在し、水和がc' 層で起こることが分かった。また、水和したD2OのDは5 Kでc' 酸化物イオン伝導層に存在するのに対し、室温では六方最密充填層に存在することが分かった。高温(1,200℃)におけるAIMDシミュレーションで、プロトンは六方最密充填h層において格子をまたいで大きく移動していることが見出された(図7)。このことから、Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1における高いプロトン伝導は、h層におけるプロトンの移動が原因であると考えられる。

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図7:AIMDシミュレーションにより得られた、水和したBa7Nb3.8Mo1.2O20.1におけるプロトンの軌跡。上の図が層の断面を横から見た図、下の図が上から見た図。緑色のプロトンが六方最密充填h層内を、格子を横切って大きく移動している。©Authors and American Chemical Society (2023).

社会的インパクト

  本研究では、超高速酸化物イオン伝導、高いハイブリッドイオン伝導と高いプロトン伝導度を示す新物質Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1を創製・発見した。中低温で高い伝導度と高い化学的安定性を示すBa7Nb3.8Mo1.2O20.1を電解質に用いた燃料電池を作製することができれば、現在実用化されている高分子燃料電池で使われている、高価な白金が必要なくなる。また従来のセラミック固体電解質であるYSZよりも動作温度を下げることができ、高価な耐熱材料が不要となる。例えば1 mS/cmの酸化物イオン伝導度を実現するには、YSZで約500℃までの加熱が必要であるが、Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1は約200℃低い300℃で1 mS/cmの伝導度を持つ。また、BaZrO3固溶体の焼結温度1,700~1,300℃とYSZの焼結温度1,400~1,200℃に比べてBa7Nb3.8Mo1.2O20.1の焼結温度1,100~1,200℃は低い。こうしたことから、燃料電池の製造コストを大幅に下げることができると期待される。Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1は、高性能燃料電池のほかにも、ポンプ、センサーなどへの応用が見込まれる。こうした点から、本研究の成果には、新しいクリーンエネルギー技術と持続可能な社会の実現に貢献し、エネルギー・環境問題を解決するという社会的インパクトがあるといえる。

今後の展開

  本研究では、新しいイオン伝導機構を提案して実証した。二量体と五配位多面体の消滅と再生成によるバケツリレー型酸化物イオン伝導、幅広い酸化物イオン伝導層による低い活性化エネルギーの実現、h層のプロトン移動による高プロトン伝導など見出した新しいイオン伝導機構に基づいて、さらにイオン伝導体を設計・探索して、新しいイオン伝導体の開発が促進されると期待できる。
  素材メーカーと大量生産技術の開発も行っており、今後Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1を用いた燃料電池などの電気化学デバイスを製作・開発していく予定である。新しい製品を開発する共同研究を歓迎している。

付記

  本研究の一部は、JSPS科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)「本質的な酸素空孔層による新型プロトン・イオン伝導体の探索」(21K18182)、同 基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」(19H00821)、JST研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同(育成型)「高性能SOFCの実現に向けた新規イオン伝導体の開発」(JPMJTR22TC)、JSPS研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「高速イオン輸送のための固体界面科学に関する国際連携拠点形成」および「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」等の助成を受けて行われた。

用語の説明

(1)酸化物イオン伝導度
  酸化物イオンが伝導することによる電気伝導度を酸化物イオン伝導度という。

(2)プロトン伝導度
  プロトンが伝導することによる電気伝導度をプロトン伝導度という。

(3)Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1
 バリウム、ニオブ、モリブデンおよび酸素から構成される酸化物。母物質はBa7Nb4MoO20である。六方ペロブスカイト関連酸化物と呼ばれる物質群の1つである。この物質群はプロトン伝導体あるいは酸化物イオン伝導体として注目されており、六方ペロブスカイト関連酸化物の高イオン伝導は新しい研究分野である。今回合成したBa7Nb3.8Mo1.2O20.1が水和すると、化学組成はBa7Nb3.8Mo1.2O20.1·xH2O = Ba7Nb3.8Mo1.2O20.1-x(OH)2xであり、HはOHの形で存在する。

(4)単量体、二量体
  本研究ではBa7Nb3.8Mo1.2O20.1における単量体(モノマー)をNbまたはMoの五配位酸素多面体(Nb/Mo)O5として定義している。ここでNb/MoはNbまたはMo原子を表す。二つの(Nb/Mo)O5から成る二量体(ダイマー)を(Nb/Mo)2O9により定義している。二量体では二つの単量体が点共有した酸素により連結している。

(5)活性化エネルギー
  酸化物イオン伝導度σはσT = A exp(-Ea/kT)あるいはσ = A exp(-Ea/kT)のように表される。ここでTは絶対温度、Eaがイオン伝導度に対する活性化エネルギー、kはBoltzmann定数である。活性化エネルギーが低いと低温でのイオン伝導度が高くなるので、活性化エネルギーが低い材料がより優れていると考えられる。

(6)準格子間機構
  結晶のイオンは本来、正規の格子位置に存在するが、エネルギーが少し高く準安定な空隙位置(サイト:席)にイオンが少量存在する物質がある。この空隙位置を格子間サイトと呼ぶ。格子間サイトに存在する酸素原子を格子間酸素と呼ぶ。格子間サイトから格子間サイトにイオンが移動して拡散する機構を格子間機構と呼ぶ。格子サイトのイオンが格子間サイトに移動するのと同時に、その格子間サイトに存在したイオンが別の格子サイトに移動する、2つのイオンの協調的(cooperative)な移動による拡散機構を準格子間機構と呼ぶ。

(7)酸素濃淡電池の起電力測定、酸素輸率
  陽極と陰極の種類が同じ酸素であり、その酸素分圧が異なる電池を酸素濃淡電池という。酸素濃淡電池の構成は例えばO2[P(O2)], Pt|固体電解質|Pt, O2[P0(O2)]である。酸素濃淡電池の起電力を用いて、電解質の酸素輸率を見積もることができる。酸素輸率とは、全電気伝導度σtotのうち酸化物イオン伝導度σO2-の割合σO2-totにより定義される。

(8)中性子回折
  中性子による回折。重元素と、酸素などの軽元素の両方を含む物質では、軽元素の中性子散乱コントラストがX線散乱コントラストと比べて相対的に高いことが多い。そのため、X線回折ではなく中性子回折データを用いた構造解析によって、軽元素の原子の原子座標、占有率と原子変位パラメータを正確に決めることができる。本研究ではKEKと日本原子力研究開発機構が共同運営する大強度陽子加速器施設J-PARCの特殊環境中性子回折装置 SPICAと超高分解能粉末中性子回折装置 SuperHRPD、東北大学金属材料研究所の中性子回折装置HERMESを用いた。

(9)第一原理分子動力学(AIMD)シミュレーション
  実験データなど経験パラメータを用いずに、計算対象となる原子の種類と数と初期配置を用いて、量子力学に基づいて電子状態を計算することにより、原子間に働く力を見積もり、物質における原子の運動や物質の性質を調べるシミュレーション。AIMDはAb Initio Molecular Dynamicsの略である。

(10)六方ペロブスカイト関連酸化物
  ペロブスカイトとはCaTiO3(チタン酸カルシウム)の鉱物名である。広義のペロブスカイト型構造および広義のペロブスカイト関連構造は、CaTiO3と同じ構造、CaTiO3と類似した構造、CaTiO3と同じ構造ユニットを含む構造、CaTiO3と類似した構造を含む構造などの一連の構造を指す。広義のペロブスカイト型構造および広義のペロブスカイト関連構造は、(i)AMX3ペロブスカイト型構造、(ii)AMX3ペロブスカイト関連構造、(iii)六方ペロブスカイト関連構造、(iv)モジュラー構造に分類できる。ここでAはBa2+などの比較的大きな陽イオン、MはニオブNb5+やモリブデンMo6+などの比較的小さな陽イオン、XはO2-などの陰イオンを示す。Ba2+のように酸素O2-とサイズが近い陽イオンAと陰イオンXを同一の球と見なしたとき、理想的な立方AMX3ペロブスカイト型構造は、球が立方最密充填したAX3層とその隙間に存在するMから成るとみなせる。一方、六方ペロブスカイト型構造は六方最密充填したAX3層とその隙間に存在するMから成るとみなせる。六方最密充填したAX3層または陰イオンが一部欠損した六方最密充填層AX3-δを含む構造を六方ペロブスカイト関連構造という。六方ペロブスカイト関連構造を有する化合物と酸化物をそれぞれ六方ペロブスカイト関連化合物および六方ペロブスカイト関連酸化物という。六方ペロブスカイト関連構造におけるAX3層を簡便に表すために、立方最密充填したAX3層を記号cで、六方最密充填したAX3層を記号hで表す。Xの一部が欠損したc層(立方最密充填したAX3-δ層)を記号c' で表す。本研究により発見したBa7Nb3.8Mo1.2O20.1ではAX3層はc'hhcchhという積み重なり方をしている。(図3a参照)

論文情報

雑誌名 Chemistry of Materials
論文タイトル Dimer-Mediated Cooperative Mechanism of Ultrafast-Ion Conduction in Hexagonal Perovskite-Related Oxides(六方ペロブスカイト関連酸化物における二量体を介した超高速イオン伝導の協同機構)
著者 Yuichi Sakuda (作田祐一、東工大 大学院生)、Masatomo Yashima (八島正知、東工大 教授、論文問い合わせ先・責任著者)、Taito Murakami (村上泰斗、東工大 特任助教(研究当時))、Maxim Avdeev (東工大 客員研究員(研究当時)・オーストラリア原子力科学技術機構 中性子回折グループマネージャー・シドニー大学 教授)、Kotaro Fujii (藤井孝太郎、東工大 助教)、Yuta Yasui(安井雄太 東工大 大学院生(研究当時))、James R. Hester (オーストラリア原子力科学技術機構 装置科学者)Masato Hagihala (萩原雅人 博士、KEK(研究当時))、Yoichi Ikeda(池田陽一、東北大 助教)、Yusuke Nambu(南部雄亮、東北大 准教授)
DOI 10.1021/acs.chemmater.3c02378

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