プレスリリース

2024.11.07

フッ素のチカラで進化する金属の抽出技術
- 効率と安全性を両立した新たな抽出法の開発で持続可能な社会の実現に貢献 -

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
一般財団法人総合科学研究機構
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
フランス国立科学研究センター

発表のポイント

  ✣ 持続可能な社会を実現するためには資源のリサイクルが重要です。その中で、様々な金属を溶かした溶液から有用な金属を分離・精製する技術として「溶媒抽出法」が注目されています。
  ✣ 高濃度の金属イオンを取り扱う抽出操作では、プロセスの安全な運転を阻害する液相の相分離(第三相の生成)を制御することが長年の課題になっています。
  ✣ そこで、日本とフランスの国際共同研究チームは、フッ素の強力な疎水性に注目し、第三相を生成させない抽出システムの開発を進めました。
  ✣ 本研究では、フッ素を含む抽出剤を新たに開発しました。この抽出剤が液相内でつくるナノスケールの分子集合体の構造とその性質について、研究用原子炉JRR-3に設置されている中性子小角散乱装置SANS-Jを用いた分析を行いました。その結果、第三相の生成を防ぐためのフッ素の利用方法を明らかにしました。
  ✣ 本成果は、フッ素の疎水性を利用することで、これまでの溶媒抽出開発では実現できなかった、安全性と高い抽出効率を両立させる「新たな抽出系の開発指針」を提供しています。

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概要

  溶媒抽出法は、水と油のように混ざり合わない二つの液相の間で、物質がどちらの液相に溶けやすいかという性質を利用した分離・精製技術です。この技術は、石油の精製、薬品製造、食品加工、有用金属のリサイクルなど、私たちの生活の様々な場面で利用されています。

  溶媒抽出法による金属の分離プロセスは、水相中の金属イオンを効率的に濃縮できる利点があります。しかし、高濃度の金属イオンを取り扱うプロセスでは、油相が軽い油相と重い油相に相分離することが問題でしたa。相分離によって生成した重い油相は「第三相」[1]と呼ばれ、多量の金属イオンを取り込む性質があります。この場合、化学プラントにおける抽出プロセスの運転は停止してしまいます。このような背景から、第三相の生成メカニズムを分子レベルで明らかにして、その要因を完全に取り除いた抽出システムを開発することが求められていました。

  研究チームは、リン酸エステル化合物をフッ素化したフッ素系抽出剤を新たに開発しました。一般に、非フッ素系抽出剤を用いる抽出システムでは、第三相の生成を避けるために、水相から分離する金属イオンの濃度を意図的に下げて抽出効率を犠牲にする必要があります。ところが、本研究で開発したフッ素系抽出剤を用いた場合、高濃度の金属イオンを抽出する際に第三相を生成することはありませんでした。すなわち、「高い抽出効率」と「第三相を生成させない」という2つの能力を共存させることに成功しています。この理由を明らかにするため、中性子散乱法を用いて液相内のミクロな状態を観察した結果、フッ素系抽出剤は互いに反発し合うナノスケールの集合体構造をつくることが第三相の生成を防ぐ鍵になることがわかりました。

  この発見は、これまで根本的な解決策がなかった第三相の生成に対して、具体的な解決策を示した初めての例です。今後、従来の溶媒抽出開発では利用されてこなかった、フッ素化合物を利用した金属イオンの抽出システムなど、金属イオン分離技術の高度化につながる可能性が高く、我が国の資源問題の解決に貢献することが期待されます。

  本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 小口正範) 物質科学研究センターの上田祐生研究員、MICHEAU Cyril研究副主幹、元川竜平研究主幹、人形峠環境技術センターの徳永紘平研究員、一般財団法人総合科学研究機構の阿久津和宏副主任技師、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の山田悟史准教授、山田雅子助教、フランス国立科学研究センターのBOURGEOIS Damien研究部長による日仏の国際共同研究チームによるものです。

  本成果は、11月7日に米国化学会発刊の学術誌「Langmuir」オンライン公開版に掲載されます。

これまでの背景・経緯

  私たちの社会は、持続可能な未来を目指しており、資源のリサイクルに対する関心が高まっています。その一環として、溶液から有用な金属を分離・精製することができる「溶媒抽出法」に注目が集まっています。この技術は、自動車の排出ガスを浄化する触媒や廃電子機器から貴金属元素[2]希土類元素[3]を回収するのみならず、原子力産業における再処理や放射性廃液処理の基盤技術としても利用されています。

  溶媒抽出法は、水と油のように混ざり合わない二つの液相間で物質がどちらの液相に溶けやすいかという性質を利用するシンプルな分離技術です。しかし、高濃度の金属イオンを処理するプロセスでは、液相の相分離現象 (第三相の生成) という未解決な問題がありますa。第三相は、粘性が高くプロセスの運転を阻害するだけでなく、局所的に金属を濃縮するため、安全性を担保することが難しくなります。これに対して、我々の以前の研究では、第三相の生成は油相中に抽出された水分子と金属イオン錯体による巨大な分子集合体の形成が要因であることを突き止めていましたb

今回の成果

  そこで、我々は高い疎水性を示すフッ素原子を利用して、水分子の油相への抽出をコントロールすることが第三相の問題を解決することにつながると考えました。しかし、これまでのフッ素原子を用いた抽出剤は、リン酸基にフッ素が直接結合しています。そのため、フッ素原子の強すぎる電気陰性度[4]により、金属イオンを認識するリン酸基周辺の負電荷が弱くなり、結果として金属イオンの抽出能力が低下してしまうことが知られていました。 (図1左) c。これに対して我々は、金属イオンの認識部位との間にスペーサーを介してフッ素部位が結合した新たな抽出剤を開発しました (図1右) 。このスペーサーには、フッ素原子と金属イオンの認識部位の距離を離すことで、フッ素原子の電気陰性度の影響を緩和させる狙いがあります。

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図1. 従来のフッ素系抽出剤と本研究で開発したフッ素系抽出剤の違い

  本研究では、触媒材料や圧電材料などに広く使用されているジルコニウム (Zr) の抽出に焦点を当てました。フッ素系抽出剤には、非フッ素系抽出剤であるリン酸トリブチル[5]を基本骨格にしたフッ素化リン酸エステルを用いました。研究を進めるなかで、このフッ素系抽出剤が、高濃度のZrイオンを抽出するときに、従来の非フッ素系抽出剤にはない挙動を示すことを発見しました。通常、非フッ素系抽出剤を用いた抽出システムでは、高濃度の金属イオンを抽出すると第三相が生成されます。しかし、今回開発したフッ素系抽出剤を用いた場合、高濃度のZrイオンを抽出させても第三相が生成することはありませんでした (図2) 。さらに、フッ素系抽出剤を用いた抽出システムは、非フッ素系抽出剤を使用する従来の抽出システムよりも、Zrに対して高い抽出能力を示すことがわかりました (図3) 。つまり、フッ素系抽出剤を用いることで、高い抽出効率と安全性を両立させることに成功したということになります。

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図2. フッ素系抽出剤と非フッ素系抽出剤による第三相の生成挙動

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図3. フッ素系抽出剤と非フッ素系抽出剤によるZrの抽出挙動

  フッ素化リン酸エステル抽出剤を用い高濃度のZrイオンを抽出させても第三相が生成しないメカニズムを明らかにするため、研究用原子炉JRR-3に設置されているSANS-Jを用いて、ミクロ構造の評価に威力を発揮する中性子小角散乱測定[6]を行いました。その結果、フッ素系抽出剤のフッ素化リン酸エステルは、約20分子によるナノスケールの分子集合体をつくることがわかりました。さらに、その分子集合体同士がフッ素の疎水性で反発し合うことで、ナノスケールの大きさを維持していることを明らかにしました (図4左) 。一方、リン酸トリブチルを非フッ素系抽出剤として用いた場合、抽出されるZr濃度が増加するにつれて第三相が生成しました。この時、液相では約350分子が凝集して巨大な分子集合体をつくります (図4右) 。つまりフッ素の疎水性により、分子集合体同士を反発させ凝集させないことが、第三相を生成させないことにつながったと考えられます。

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図4. フッ素系抽出剤と非フッ素系抽出剤によるナノスケール構造の違い

まとめ・今後の展望

  本研究は、これまでの溶媒抽出開発では利用されてこなかった、フッ素原子の疎水性を利用した抽出剤を開発したことで、高い抽出効率と安全性を両立させることに成功しました。この結果は、「新たな抽出系の開発指針」を提供しています。

  フッ素原子の疎水性を利用した新たな抽出系を開発することで、金属イオンの抽出技術を進化させることができると考えています。今後は、抽出効率の向上だけでなく、貴金属元素や希土類元素の分離技術の高度化にも貢献したいと考えています。さらに、本研究における日仏間での協力関係を基に、多国間での協力体制を構築し、我が国の資源問題の解決に寄与する研究を推進したいと考えています。この研究が、私たちの未来をより持続可能なものにするための一歩となることを期待しています。

論文情報

雑誌名 Langmuir
タイトル Fluorous and organic extraction systems: a comparison from the perspectives of coordination structures, interfaces, and bulk extraction phases
著者名 Yuki Ueda, Cyril Micheau, Kazuhiro Akutsu-Suyama, Kohei Tokunaga,§ Masako Yamada,|| Norifumi L. Yamada,|| Damien Bourgeois, Ryuhei Motokawa
所属 † 日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター、‡ 総合科学研究機構 (CROSS) 中性子科学センター、§ 日本原子力研究開発機構 人形峠環境技術センター、|| 高エネルギー加速器研究機構 (KEK) 、⊥ フランス国立科学研究センター (CNRS) 
DOI https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.langmuir.4c02268

付記

  各研究者の役割は以下の通りです。
  ・上田、MICHEAU、元川 (原子力機構) 、BOURGEOIS (CNRS) :溶媒抽出法におけるフッ素原子の疎水性を利用した抽出システム開発のための実験デザイン
  ・上田、MICHEAU、徳永、元川 (原子力機構) 、阿久津 (CROSS) 、山田 (悟) 、山田 (雅)  (KEK) :本研究にかかるデータの収集と分析
  ・上田、MICHEAU、元川 (原子力機構) 、BOURGEOIS (CNRS) :論文執筆
  ・上田、元川 (原子力機構) 、BOURGEOIS (CNRS) :研究総括

助成金の情報

  本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業若手研究 (21K17911) 、国際共同研究加速基金 (海外連携研究)  (23KK0096) の助成を受けて実施されました。

参考文献

  a.    Qiao, B.; Demars, T.; Olvela de la Cruz, M.; Ellis, R. J., How Hydrogen Bonds Affect the Growth of Reverse Micelles around Coordinating Metal Ions. J. Phys. Chem. Lett., 2014, 5, 1440-1444.
  b.    Motokawa, R.; Kobayashi, T.; Endo, H.; Mu, J.; Williams. C. D.; Masters, A. J.; Antonio, M. R.; Heller, W. T.; Nagao, M. A Telescoping View of Solute Architectures in a Complex Fluid System. ACS Cent. Sci., 2019, 5, 85-96.
  c.    Dul, M.-C.; Braibant, B.; Dourdain, S.; Pellet-Rostaing, S.; Bourgeois, D.; Meyer, D. Perfluoroalkyl- vs alkyl substituted malonamides: Supramolecular effects and consequences for extraction of metals. J. Fluor. Chem., 2017, 200, 59-65.

用語の説明

[1] 第三相
  溶媒抽出プロセスにおいて、油相に高濃度の金属イオンが取り込まれた際に、油相が軽い油相と重い油相に相分離することがあります。この重い油相を「第三相」といいます。

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[2] 貴金属元素
  貴金属元素とは、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、オスミウム、イリジウム、白金、金の8元素の総称です。化学的に安定で、耐食性にすぐれ、装飾品や電子、電気、エネルギー関連、医療分野など幅広い分野で利用され、高価で資源的に貴重な元素です。

[3] 希土類元素
  希土類元素とは、周期表上の第3族元素のうちスカンジウムとイットリウムの2元素とランタンからルテチウムまでの15元素の計17元素の総称です。優れた磁性や蛍光性をもつため、超強力磁石の磁性体、光ディスク、照明、ディスプレイなど様々な用途で利用されています。日本は希土類元素の供給のほぼすべてを輸入に依存しているため、安全保障上の資源確保の観点からリサイクル技術の開発が求められています。

[4] 電気陰性度
  原子が電子を引き寄せる強さの相対的な尺度です。フッ素原子はすべての原子の中で最も強い電気陰性度をもっています。

[5] リン酸トリブチル
  最も一般的な工業用抽出剤の一つです。廃電子機器からの白金族元素の抽出や使用済核燃料の再処理工程でウランとプルトニウムの抽出で使用されています。

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[6] 中性子小角散乱測定
  物質のミクロな構造を観察・分析するための技術です。中性子を試料に当て、どの角度にどれくらいの中性子が散乱されるかを測定することで、物質内部のナノスケールの構造を詳しく調べることが可能です。

本件に関する問合せ先

< 研究内容について >
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
物質科学研究センター 階層構造研究グループ
上田 祐生
 
< 報道担当 >
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
 
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室
TEL:029 -879 -6047
E-mail:press[at]kek.jp
 
J-PARCセンター
広報セクション
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。