J-PARC News 第169号
■ミュオンを使ったその場観察の手法により水素貯蔵物質からの水素脱離反応の仕組みを観測 (4月12日、プレス発表)
水素エネルギーの普及には、安全に水素を運搬して取り出すことのできる水素貯蔵物質の開発が重要です。本研究では、水素貯蔵物質の1つである水素化マグネシウムMgH2について、粗大粒を粉砕加工すると水素脱離温度が下がり水素を取り出しやすくなるしくみを、J-PARCのミュオン粒子を使って解明しました。ミュオンは磁石の性質を持ち、磁石の向きが全て同じ向きにそろっています。ミュオンをMgH2の結晶中に打ち込むと、水素の原子核がつくる磁場の影響で、そろっていたミュオン磁石の向きがバラバラになっていきます。その時間変化を観測することで、結晶内の水素がつくる磁場の分布の様子を表す物理量(Δと表します)を求めました。図のように、MgH2を粉砕加工すると、水素脱離温度よりもかなり低い温度から、温度が上がるにつれてΔの値が小さくなっていきます。これは熱による水素の運動(拡散)により、温度が上がるほど観測される磁場が平均化されるためと考えられます。これより、粉砕加工すると粒の表面から水素の脱離が進み、結晶内で順繰りに水素が動いて脱離が促進される結果、脱離温度が下がると考えられます。このような結果を基に、新たな水素貯蔵材料の開発と貯蔵システムの高度化に貢献していきます。
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/04/12000242.html
■量子磁性体でのトポロジカル準粒子の観測に成功-トポロジカルに保護された磁性準粒子端状態の予言-(5月8日、プレス発表)
近年研究が進むトポロジカル絶縁体は、トポロジーを物性科学の中に取り込んだ新しい概念で、内部は電流が流れないのに表面には電流が流れる状態など、これまでの常識とは全く異なる現象が物質で起きていることを次々と示し、それらによる新しい省エネルギー情報伝達材料の登場として、私たちの生活をも変えていく可能性が期待されています。 この概念は結晶中の電子だけでなく、電子が作るスピン(電子の自転運動により生じる物質の中の磁石の性質のもととなるもの)にも適応できることが示され、磁性体を対象として同様の研究が進められています。本研究では、塩化ケイ酸バリウム銅(Ba2CuSi2O6Cl2)という磁性体で、結晶中の上下2層の銅イオンの電子スピンが結合したスピン状態(ダイマーと呼ぶ)が、トポロジカル絶縁体における電子スピンと同じような振る舞いをする可能性が示唆されました。ダイマーがエネルギーを受け取った時にトリプロンと呼ばれる準粒子(量子力学的な仮想粒子)が作られます。実験ではその トリプロンの性質を理解するために、J-PARCの中性子非弾性散乱分光器AMATERASを用いて、ダイマーが受け取ったエネルギーとその波数(運動量)の関係(分散関係と呼ぶ)を詳しく測定しました。今回得られた分散関係(図2)の特徴は、2.6 meV付近で曲線が途切れ、間に隙間(エネルギーギャップ)が存在することです。これは、結晶の層内(図1)の準粒子間の相互作用が交互に強弱を繰り返していると仮定すると説明できることが分かりました。電子スピンが同様な相互作用を持つパターンは、トポロジカル絶縁体の典型的なモデルの一つであることがわかりました。この観測から、この物質がトポロジカル磁性体で、トポロジカル絶縁体の表面に電流が流れるようにスピンが流れるような不思議な状態がこの物質に生じている可能性があることがわかりました。スピン流が利用できるようになれば、電流と違いジュール熱によるエネルギー損失がないので、より優れた省エネルギー情報伝達材料の開発につながることが期待されます。
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/05/10000258.html
■林眞琴氏に感謝状を贈呈(4月24日)
J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の産業利用の推進に一貫して多大な貢献をされた林眞琴氏は、去る3月に総合科学研究機構(CROSS)を退任されました。J-PARCセンターは、その功績を讃えて林氏に感謝状を贈呈しました。林氏は、茨城県企画部、その後、CROSSのサイエンスコーディネータとして活躍されました。特に、中性子産業利用推進協議会設立当初から事務局長を務められ、多くの研究会や成果報告会の開催などを通じて産業界と学術界の交流を促進され、中性子利用の普及に心血を注いでこられました。林氏の貢献を機にJ-PARCセンターでは、J-PARCに対し多大な貢献をされた外部の方に対する感謝状贈呈制度を設けました。林氏は、記念すべき第一号の受賞者となりました。
■J-PARCハローサイエンス「大強度陽子加速から電車の加速へ」-広帯域空洞装置の幅広い応用-(4月26日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」)
4月26日のサイエンスカフェでは、加速器ディビジョンの大森千広氏(KEK教授)が講師を務め、J-PARCに使われている"広帯域空洞装置"について語りました。J-PARCの大強度ビームを実現するカギとなった技術の一つが大森氏らの空洞開発グループが開発した広帯域空洞と呼ばれる陽子ビームの加速装置です。空洞の磁性材料開発、熱処理の高性能化により確立した製作技術は、J-PARCだけでなく、スイスとフランスを跨ぐ世界最大の加速器LHCのある欧州原子核機構(CERN)で多くの円形加速器に活用され、さらに鉄道用省エネルギートランスの開発など民生用へと幅広い応用に広がろうとしています。加速の原理からその応用例について広く解説しました。
■バスで巡る県央地域お薦め体験ツアー参加者がJ-PARCを訪問(4月28日、J-PARC)
茨城県は県内各地を巡るバスツアー「いばらきよいとこプラン」を企画しています。4月28日に県央地区を対象に実施された「茨城まんなか旅 世界に誇る絶景ネモフィラと最先端研究施設と老舗酒蔵で大人の社会科見学」のバスツアーには県内外から定員を超える40名が参加し、ひたち海浜公園などのお薦め観光地とJ-PARCを訪れました。J-PARCでは、MLF施設で中性子とミュオンを使った実験研究について、ニュートリノ実験施設ではT2K国際共同実験についてそれぞれ研究者からの説明を受けました。参加者からは、中性子の透過性にかかわる質問や「こんなすごい研究施設があるとは知らなかった」などの感想があり、勉強になったと好評でした。
■大人のためのサイエンス「ピラミッドの秘密と宇宙の謎まで~素粒子ミューオン※研究の最前線」(5月9日、日立シビックセンター)
日立シビックセンター科学館は、子どもから大人まで"科学のおもしろさを遊びながら学べる科学館"として知られ、5月9日の特別イベントでは、加速器ディビジョンの大谷将士氏(KEK助教)が、大人を対象に"素粒子ミューオン研究"について講演しました。大谷氏らの研究チームは、異常磁気能率(g-2)を極めて高い精度で測定する計画実験をJ-PARCで進めています。講演は、宇宙線ミューオンによる透視からピラミッド内部構造の新たな発見、火山のマグマ監視から噴火の予知が出来るなど身近な話題で始まり、g-2実験において世界で初めてミューオンの加速に成功したことでダークマターなどの宇宙の謎を解き明かすことが期待できることなどを話しました。
※ミュー粒子のことを「ミュオン」または「ミューオン」と表す。
≪topics≫
■J-PARC特定中性子線施設登録機関のCROSSが東北大学金属材料研究所と連携協力協定を締結(4月4日調印式、金属材料研究所/仙台)
4月4日、J-PARCの中性子研究施設の共用促進に携わる総合科学研究機構(CROSS)と材料科学分野の共同利用・共同研究拠点である東北大学金属材料研究所は、中性子を利用した物質科学研究の促進のため連携協力協定の調印式を行いました。
CROSSは、J-PARC特定中性子線施設登録機関として文部科学大臣より選定され、平成23年度より物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子共用ビームライン(現在7本)の利用促進活動を行っています。また、金属材料研究所は原子力機構の研究用原子炉施設JRR-3及びJ-PARCに中性子実験装置群を設置しており、今年度からJ-PARCの実験装置を本格稼働させ中性子利用研究を開始しています。
今回の両機関の連携協力協定の締結により、研究協力の更なる発展と人材交流の一層の促進が図られ、原子炉中性子源や大強度パルス中性子源を利用した広範な物質科学の研究推進が期待されます。
■J-PARCで初となる産学連携コンソーシアム結成(4月5日発足式、航空会館/東京)
株式会社クラレ、住友ベークライト株式会社、DIC株式会社、日産化学株式会社、三井化学株式会社をそれぞれ幹事とする5つの企業グループと九州大学、名古屋工業大学、三重大学、KEKの学術研究チームは、産学連携の「機能性高分子コンソーシアム」を結成し、4月1日に運営を開始しました。J-PARCで初の産学連携コンソーシアムで、物質・生命科学ディビジョン長の金谷利治KEK教授も加わり、代表者は三井化学株式会社の福田伸常務執行役員が務め、その運営はCROSSに委託されました。MLFの共用ビームラインを活用し、機能性高分子材料の評価に特化した評価装置の開発、燃料電池用素材など次世代型機能性高分子材料の開発をJ-PARCセンターにも協力を仰ぎながら進めます。
■ご視察者など
4月24日 中国科学院CSNS所長 他
5月15日 文科省 山下恭徳 基礎研究振興課長 他
■加速器運転計画
6月の運転計画は次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。