J-PARC News 第172号
≪Topics 1/2≫
■J-PARCセンター長がDOE科学局長と協力取決めに署名(8月7日、文科省)
J-PARCセンターは、米国エネルギー省(DOE)所管オークリッジ国立研究所(ORNL)と高出力核破砕中性子源開発及び関連分野における協力を推進するため、新たな協力取決めを締結しました。8月7日に文部科学省で署名式が執り行われ、クリストファー・フォールDOE科学局長と齊藤直人J-PARCセンター長が協力取決めへの署名を取り交わしました。また、署名式に先立ち、フォール科学局長は8月5日に視察のためJ-PARCとJRR-3を来訪し、J-PARCでは、センター長から概要説明を受け、その後リニアック、物質・生命科学実験施設、ニュートリノ実験施設、ハドロン実験施設を精力的に回られ、研究者らと情報交換を行いました。
≪Topics 2/2≫
■欧州原子核研究機構(CERN)との連携を強化する取決めを締結(7月29日)
J-PARCセンターと欧州原子核研究機構(CERN)は、大強度陽子加速器について、人材交流、情報や技術データの交換、実験資材の交換や提供などを通じ、互いの加速器の高性能化を推進するための協力を行ってきました。2007年頃から開始されたLINAC増強に関する協力、2010年頃からの加速空洞開発等の協力に加え、2015年頃より、大強度ビームを受け入れるターゲット・ビーム窓・コリメータやビームダンプの高性能化のための材料開発や機械工学に関する研究協力が活発に進められてきました。今回、2011年に締結された取り決めの第2回目の改定を行い、これら大強度ビームを受け入れる機器の開発研究や、ターゲットを設置する施設の設計・運転・維持に関する技術協力を明記して両者の連携をより包括的に強化することになり、7月29日に齊藤直人センター長の署名を得て正式に発効となりました。
■電子誘電性と結合した格子励起を初めて発見-分子性有機物質の中性子非弾性散乱研究を加速-
(8月8日、プレス発表)
分子性有機物質の1つであるκ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN) 2]Clの持つ誘電性(物質中に電気分極が生じる性質)の起源解明は、無機化合物に比べて小さな圧力や光で大きく変化するなど電気的性質にかかわる新しい機能性を示すことから、基礎研究の対象として重要です。この物質は、2つの分子が1つのユニットとなった二量体の構成で2つの分子同士は強く、ユニット間は弱くつながり振動し、振動は波(格子励起)として物質中を伝わります。本研究では、微視的な電気分極の発生に伴う格子励起の異常出現に迫るために、ILL※1とFRM2※2の装置を用いた中性子非弾性散乱実験を行いました。その結果、図で示された温度4 K※3の励起エネルギー2.6 meV付近に観測される格子励起シグナルが、温度60 K~27 Kで、格子励起が異常に減衰した状態に対応するエネルギー幅の顕著な広がりが見られました。格子励起がパイ電子の動きと密接に関係しさらにパイ電子のスピンと結合する異常な状態の観測結果は、パイ電子由来の微視的な電気分極の揺らぎを明らかに示唆するものです。さらに、J-PARCの単結晶中性子回折装置「千手」による結晶構造解析の測定を行い、誘電性は格子の位置のずれに起因する強誘電性ではなく、パイ電子由来であることを裏付けました。僅か10mgの少量の単結晶試料を用いた中性子散乱実験で達成できたことは、今後、より多くの分子性有機物質を対象として、多彩な性質と結びついた格子励起の研究の進展が期待されます。
※1 仏国ラウエ・ランジュバン研究所
※2 独国研究用原子炉Forschungs-Neutronenquelle Heinz Maier-Leibnitz
※3 K(ケルビン)= ℃ + 273.15
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/08/08000305.html
■中性子構造解析として最大の格子体積を持つタンパク質の解析に成功
-より多くのタンパク質の水素原子が茨城県生命物質構造解析装置iBIXで観測可能に-(8月23日、プレス発表)
J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された茨城県生命物質構造解析装置iBIXは、単位格子(結晶の繰り返し単位構造)の3つの辺の長さ(格子長)が各135Å(= 13.5 nm)の大きなタンパク質結晶の構造解析に対応した中性子回折計です。結晶の単位格子の体積が大きくなると、結晶からの回折点の数が増えて重なりを生じることや、測定する結晶に含まれる単位格子の数が減り、回折強度が小さくなることで、精度よくデータを得ることが困難になります。そこで今回、一点一点の回折点の重なりを考慮する新しいソフトウェアを開発し、iBIXの目標値に相当する格子長を持つ、結晶格子体積が大きい高度好熱菌 Thermus thermophilus HB27株由来のマンガンカタラーゼの中性子単結晶構造解析を行ったところ、このタンパク質中の水素原子を明瞭に観測することに成功し、目標の達成が確認できました。この結晶格子の体積(2373nm3)は、これまでに中性子により構造解析された150あまりのタンパク質の最大格子体積(913nm3)の2倍強です。また、J-PARCの加速器出力が、実験当時の150 kWの約6倍にあたる、定格の1 MWに達した場合、今回の実験で正味12日あまりを必要とした測定時間が2日程度にまで短縮される見込みです。本成果は、これまでの中性子回折計では測定が不可能であったタンパク質の中性子結晶構造解析の可能性を大きく広げるものであり、今後、より多くの種類の酵素反応の水素原子の役割の解明やタンパク質複合体の相互作用で重要な水素原子の動き観測などの基礎研究が進展し、さらにその成果が産業用酵素開発や医薬品設計などに貢献することが期待されます。
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/08/23000316.html
■タンパク質の動きが病気を引き起こす-パーキンソン病の原因タンパク質の分子運動を観測することに成功 -
(8月26日、プレス発表)
パーキンソン病の発症は、脳内に存在する正常なタンパク質「α-シヌクレイン」が、「アミロイド線維」という異常な集合体を作りはじめることが関与しているとされています。タンパク質は、アミノ酸がつながってできた骨格である「ひも」からアミノ酸側鎖の「こぶ」が突き出ています。そこで、アミロイド線維形成のしくみを明らかにするには、α-シヌクレインの「ひも」や「こぶ」の動きを分子レベルで詳細に調べることが重要です。本研究では、J-PARCのダイナミクス解析装置(DNA)を用いた中性子準弾性散乱実験を中心とした測定により、世界で初めて「ひも」の折れ曲がり運動と「こぶ」の局所的運動を同時に調べることができました。α-シヌクレインがアミロイド線維を形成できる場合(中性で生理的濃度に近い塩濃度:条件①)、α-シヌクレインの集合が足りず線維になり切れない場合(中性で塩がない:条件②)、線維が長くなる前に短い線維同士が急速に集合し、大きな塊を作ってしまう場合(酸性:条件③)の3つの場合について測定した結果、「こぶ」の局所的運動は、②→①→③の順に大きくなることがわかりました。これは、α-シヌクレイン同士の結合に、「こぶ」の局所的運動が働いていることを示しています。一方、「ひも」の折れ曲がり運動は、①で大きく、他の2つでは小さかったことから、アミロイド線維の形成には「ひも」の折れ曲がり運動が必須であると考えられます。アミロイド線維は、α-シヌクレインの中央部分同士が結合することで形成されますが、以上より、まず「こぶ」の局所的運動が分子同士の相互作用に必要であり、さらに「ひも」の折れ曲がり運動によって分子の中央部分が露出することで、中央部分同士が結合していくというアミロイド線維形成のシナリオを提案しました。本成果は、アミロイド線維形成機構の解明につながるだけでなく、タンパク質分子の特定の運動に着目し、それを抑制する薬剤分子を探索・開発するという、まったく新しい観点からの病気の治療/予防法の開発へとつながることが期待されます。
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/08/26000318.html
■J-PARC施設公開2019開催(8月25日、J-PARC)
好天に恵まれた8月25日、J-PARC施設公開2019が開催され、昨年を上回る1,500名を超える来場者がありました。来場者は、特別に公開された地下トンネル内の加速器や、ハドロン、ニュートリノ等の実験施設の見学をしたり、齊藤直人センター長のJ-PARC10周年記念講演や素粒子サロン、ミニ講座などに参加して科学を身近に感じられたようでした。光のまんげきょうや、スピンを学べるコマ、色が変わるビーズストラップ、スーパーボールやスライムなどの工作教室も大人気で、たくさんの親子連れが楽しみながら工作や実験をしている様子でした。また、この日は東海村の山田修村長も来訪され、齊藤センター長の説明を受けながらMLFの見学などを行いました。
■第1回 文理融合シンポジウム 量子ビームで歴史を探る-加速器が紡ぐ文理融合の地平-
(7月27~28日、上野・国立科学博物館)
7月27~28日の2日間、KEK物質構造科学研究所は、人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館などと共催で、第1回文理融合シンポジウムを上野の国立科学博物館で開催しました。文化財研究の非破壊測定には、以前から放射光や中性子などが使われてきましたが、最近はMLFのミュオン施設(MUSE)の負ミュオンビームの利用が盛んになってきています。今回、物質・生命科学ディビジョンの三宅康博 副ディビジョン長(KEK教授)と中性子利用セクションの篠原武尚氏が、それぞれ「ミュオンとは!-ミュオンによる非破壊分析-」、「パルス中性子を用いた可視化技術」と題して講演を行いました。また、全国の大学・博物館・研究所などの人文科学・自然科学研究者らにより量子ビームを用いた非破壊測定の実例が多数紹介されました。講演では、ミュオンへの期待として「はやぶさ2」が採取した岩石分析が予定されていることが紹介されました。
■第31回J-PARCハローサイエンス 低温のおはなしー先端科学を支える低温技術ー
(7月26日、東海村 産業・情報プラザ「アイヴィル」)
低温の世界では、物質を冷却することで電気抵抗がゼロとなる超伝導や、極低温において液体ヘリウムの流動性が高まる超流動など不思議な現象が現れます。J-PARCや世界の加速器施設では、この現象を応用して最先端の研究が行われています。アイヴィルで毎月開催されているハローサイエンスでは、これまで2回、「超伝導」をテーマに、J-PARCセンター低温セクションの飯尾雅実氏らが講演と超伝導の実演を行いました。今回は、その超伝導を引き起こす「低温の世界」について飯尾氏が話しました。“物を温める、冷やすとはどういうことか”についてやさしい熱力学から、低温の作り方、さらにその原理・技術を説明しました。続く実験では、超伝導体が低温になると内部の磁束を追い出すことから磁石の上で浮かぶマイスナー効果について、また、超伝導体を磁石に押し付けると一部の磁束が内部に入り込み超伝導体と磁石の位置を固定するので、逆さまになっても落ちないようになるピン止め効果について説明した後、それらを利用し小さな磁石を並べて作った曲がりくねったレールの上を浮上した超伝導体が落ちないで滑走する“超伝導コースター”の実演を来場者に体験してもらいました。最後に、最先端技術を支える超伝導技術の進んでいる医療分野、交通関連における利用例が紹介されました。
■アウトリーチ活動(7月~8月、東海村立図書館、大洗わくわく科学館、霞が関・文部科学省)
J-PARCセンターは、広報セクションの坂元眞一科学コミュニケーターを中心に、科学実験教室の出張授業や体験教室などの実施をはじめ、様々な科学イベントに参加して多くの子供たちに科学に興味を持ってもらう「J-PARC ハローサイエンス」を行っています。7~8月は、東海村立図書館で「夏休み科学実験教室」を4回(7月31日、8月9、21、27日)、 8月3日に大洗わくわく科学館で「かんたん工作」を開催、 8月7~8日には文科省で開催された「夏休みこども霞が関見学デー」に出展しました。J-PARCの模型、施設や研究成果ポスターの展示、磁力で加速するガウス加速器の体験、色の科学を学べる工作教室や、分光や偏光を体験できるまんげきょう工作などを実施し、いずれの日も、参加した子供たちの熱心に取り組む姿が見られました。
●J-PARCハローサイエンス夏休み科学実験教室「色・いろ・ふしぎ!色の科学」
(7月31日、8月9、21、27日、東海村立図書館)
●光のまんげきょう!「かんたん工作」J-PARC ハローサイエンス(8月3日、大洗わくわく科学館)
●「夏休みこども霞が関見学デー」J-PARCハローサイエンス(8月7~8日、文科省)
■ご視察者など
8月19日 株式会社ブロードバンドタワーCEO 他
8月28日 米国エネルギー省国家核安全保障庁 防衛核不拡散担当副長官 他