J-PARC News 第182号
≪Topics 1≫
■發知英明氏が、加速器分野「ブドカー賞」を受賞(5月14日、フランス・カーン)
J-PARCセンター加速器ディビジョンの發知英明氏(JAEA研究主幹)は、2020年5月に欧州物理学会/加速器国際会議(IPAC’20)からブドカー賞(The Gersh Budker Prize)を受賞しました。今回のIPAC’20はリモート開催となり、オンラインで記念講演を行いました。ブドカー氏は電子冷却法を最初に開発した著名なロシアの加速器物理学者で、この賞はその名前を冠して、加速器分野で顕著な業績を挙げた人に贈られるものです。發知氏は、J-PARCの3GeVシンクロトロン(RCS)の設計・建設段階よりプロジェクトに参加、運転を開始してからは、ビームコミッショニングを主導・統括し、一貫して研究開発を推進してきました。今回の受賞は、RCSにおける、精度の高いビームシミュレーションを実現したこと、それを用いたビーム力学的研究により、ビーム損失を極限まで低減し1 MW加速を達成したことなどが高く評価され、将来の大強度陽子シンクロトロン開発の土台を築く重要な成果であると認められたことによるものです。
≪Topics 2≫
■北村遼氏が日本物理学会から若手奨励賞を受賞(2020年3月)
加速器第一セクションの北村遼氏は、日本物理学会のビーム物理領域において“Demonstration of the muon acceleration with Radio-Frequency Quadrupole linac(RFQ線形加速器を用いたミューオン加速の実証実験)”の博士論文(2018年9月)で若手奨励賞※1を受賞しました。本論文は、北村氏が加わるJ-PARCミュオンg-2/EDM実験※2の準備を進める研究グループが、2017年10月にMLFのミュオンビームラインでRFQを用いてミュオニウム負イオン(Mu-)をほぼ静止した状態から90keVまで加速する実証試験に世界で初めて成功し、その研究成果をまとめたものです。この成果は、J-PARCミュオンg-2/EDM実験に向けた大きな一歩であるとともに、物質内部の非破壊測定といった画期的な研究を大いに発展させることが期待されています。
※1 日本物理学会は、将来の物理学を担う優秀な若手研究者の研究を奨励し学会をより活性化することを目的に、19ある研究領域の各々で若手奨励賞を制定しています。
※2 ミュオンの異常磁気能率(g-2)、電気双極子能率(EDM)を世界最高精度で測定することを目的とした実験。
■リチウムイオン電池電極に析出した金属リチウムをミュオンで検知
-ミュオン特性X線による非破壊元素分析の応用-(6月16日、プレス発表)
リチウムイオン電池における電気の“運び屋”であるリチウムイオンは、電池の使用条件によっては、還元されて金属として析出し、電極間の短絡や電解液との熱反応、さらに電池容量低下につながることが知られています。そのため、金属リチウム析出の有無を確認することは重要です。
KEK物質構造科学研究所、豊田中央研究所等から成る研究グループはこのたび、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)ミュオン科学研究施設(MUSE)Dラインの負ミュオンビームを用いて、リチウムイオン電池に用いられる黒鉛負極に析出した金属リチウムの検出に成功しました。電池の充電状態が分かれば電極中にイオンの状態で蓄えられるリチウムの量は分ります。その一部の状態が変化して金属リチウムとして析出します。そこに負ミュオンを打ち込むとリチウムに捕らえられ放出される全ミュオン特性X線の強度が得られ、既知の電極中値を差し引くことで析出した金属状態のリチウム量の推定ができることを示しました。ミュオンの高い透過性を活かして、電極を覆う薄いシート材料で包んだ状態で非破壊測定できたことがポイントです。また、負ミュオンの運動量を変化させて電池内部への侵入の深さを制御し、電池の厚み方向において金属リチウムが析出している位置(深さ)を検知できることを示しました。
本成果は、J-PARCで大強度の負ミュオンビームが得られるようになったことにより実現したものです。さらに将来の飛躍的なミュオン強度の増強や、検出器の改良により、充放電をさせながら、リアルタイムでのミュオン特性X線の測定を可能とします。リチウムイオン電池の安全性の向上や電池容量の劣化の改善のための研究に、J-PARCの負ミュオンが今後ますます貢献できるでしょう。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。http://j-parc.jp/c/press-release/2020/06/16000546.html
■東京大学、KEKがハイパーカミオカンデ計画の推進に関する覚書を締結(5月25日)
東京大学(五神真 総長)とKEK(山内正則 機構長)は、ハイパーカミオカンデ計画の着手に併せて、5月に本計画の推進に関する覚書を締結しました。本計画は、宇宙の物質の起源と素粒子の統一理論の解明を目指すものです。現在進められているT2K(Tokai to Kamioka)実験の、ニュートリノ検出器であるスーパーカミオカンデの8.4倍の有効体積を持つ新水槽検出器を建設し、J-PARCの大強度化を併せて図ることで飛躍的に実験を加速させるものです。建設予算が認められたことで本計画が正式に開始されました。国内外からの共同研究者が参加する国際共同実験として、2027年の実験の開始を目指しています。
■2020年MLF全体会議開催(6月9日、J-PARC研究棟)
J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の活動方針について議論を行うMLF全体会議が、 6月9日、Zoomを使ったリモート形式で開催され、J-PARCセンター、総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センター、茨城県、さらに実験装置担当の大学を含めて約140名の関係者が参加しました。会議では、齊藤直人センター長の挨拶に続いて今年度からMLFディビジョン長に就任した大友季哉氏からディビジョンの今年度の方針と新しい体制等が述べられ、新人紹介を交えながら、中性子源、中性子利用、ミュオン、共通技術、中性子基盤の各セクションリーダーによる最近の状況、活動方針などの報告が行われました。また、KEKの小杉信博 物質構造科学研究所所長、6月にCROSS中性子科学センター長に就かれた柴山充弘氏、茨城県の児玉弘則技監、及び茨城大学フロンティア応用原子科学研究の高妻孝光センター長は、それぞれの組織の現況を報告しました。
■2020年「猿橋賞」受賞の市川温子氏が山田修東海村長と面談(6月15日、東海村役場)
5月23日、「女性科学者に明るい未来をの会」から第40回猿橋賞を受賞した市川温子京大准教授(東海村在住)が、東海村に招かれ、役場にて山田修村長、萩谷浩康副村長らと面談しました。T2K実験のロゴ入りTシャツ姿の市川氏は、村長室に向かうフロアーで、役場職員から沢山の温かい拍手で迎えられ、面談では、受賞対象のニュートリノ研究(T2K実験)の現状や2027年に開始予定のハイパーカミオカンデ計画、さらには、週毎の京都大学での教鞭とJ-PARCでの実験の両立についても語りました。また、受賞後の新聞記事掲載や取材など反響の大きさに驚いたこと、やりたい研究ができる喜びなどを語りました。村長からは、J-PARCは東海村の誇りであり、その中で女性研究者が活躍されていることは素晴らしいと述べられ、今後の活躍についても期待を寄せられました。この様子は、7月10日発行予定の「広報とうかい」に掲載されます。
■ハドロン実験施設が施設変更に伴う施設検査を受け合格(6月24日)
ハドロン実験施設では、2009 年 2 月の運転開始から昨年まで、Aラインと呼ばれる大強度一次ビームラインの陽子で生成したK中間子などの二次粒子を使う実験を行ってきました。同実験施設では、これらに加え、一次陽子ビームなどを用いる新たな実験を開始するため、スイッチヤード内で A ラインから陽子を分岐する新規の一次ビームライン(B ライン)の設置を進めてきました。このたびこの B ラインが完成し、登録検査機関により利用に先立ち施設変更に伴う施設検査が実施され、6月24日で合格となり、6月25日より利用運転を開始しました。
■MLFで3日間の1MW利用運転を実施(6月25~27日、J-PARC)
MLFでは、昨年7月に10時間半の1MW連続試験運転に成功した後、現在は出力600kWで安定なビームを供給しています。今回、目標の出力での安定な運転に向けて、6月25~27日に1MW利用運転を実施しました。加速器の機器安定性、水銀ターゲットにおける圧力波の確認、低温水素設備の冷却性能やミュオン回転標的の温度特性など各設備要素に関するデータ収集を実施しました。また、1MW運転におけるユーザー実験や大強度の中性子・ミュオンビームを利用した装置の性能確認などを実施しました。今後、詳細に機器の診断とデータ解析を行いながら安全・安定な1MW運転を目指します。