J-PARC News 第183号
≪Topics≫
■トヨタグループ・J-PARC連携特別講演会開催(6月30日、J-PARC研究棟・リモート開催)
~水素・燃料電池開発に中性子ビームの利用~
J-PARCとトヨタグループとは、地球温暖化対策に関わる水素利用エネルギー開発の一環としてJ-PARCの中性子を用いた研究を含めた包括的な連携協力を進めています。今回、水素を燃料とする車(燃料電池自動車、Fuel Cell Vehicle)の開発を行うトヨタ自動車㈱から、濱村芳彦FC事業領域統括部長(FC-Cubic※理事長)、加古慈 材料技術領域統括部長と ㈱豊田中央研究所の志満津孝 取締役をはじめとするFC開発の責任者が来訪され、中性子を利用したFC技術開発に向けた情報交換を行いました。冒頭挨拶では、濱村芳彦統括部長が「燃料電池開発における産学連携への期待」としてトヨタ自動車の長期的な取り組みについて紹介しました。続いて、大友季哉 物質・生命科学ディビジョン長がJ-PARCの概要と中性子の利用について、また、装置担当者が中性子実験装置について説明しました。その後、連携協力に向けたJ-PARCセンター特別講演会をリモート会議で開催し、トヨタ自動車㈱FC基盤開発部の吉田耕平部長は「燃料電池システム開発にかける想い」と題して、燃料電池の耐久性改善、低コスト化など具体的課題や、災害時の停電に対応した電源供給システムとしての期待などについて話されました。また、FC-Cubicの雨宮一樹部長は「NEDO水素事業における中性子解析技術への期待」と題して、研究開発における課題解決への期待などを紹介しました。最後の懇談では、今後も発展的に協力していくことが確認されました。
※トヨタ自動車㈱など国内14の企業等で構成する技術研究組合。
■ADS開発分野におけるJAEAとカールスルーエ工科大学との研究協力取決め(6月18日)
加速器駆動核変換システム(ADS)開発分野におけるJAEAとドイツのカールスルーエ工科大学(KIT)との研究協力取決めが結ばれました。JAEAが研究開発を進めるADSでは、液体金属状の鉛とビスマスの合金を中性子発生標的および冷却材として使用します。J-PARCで検討を進める核変換研究のための実験施設でも、鉛ビスマス合金を標的として使用した研究開発を行います。一方、KITは液体金属技術の研究開発において長い歴史と多くの実績を有しています。今後、本取決めを活用し、鉛ビスマス技術分野を中心に、両機関の設備の相互利用、人員交流、情報交換等の協力を行っていきます。
■大強度陽子ビームに晒される金属はどのくらい損傷するのか
-高エネルギー陽子ビームを用いる加速器駆動システムの安全に貢献-(7月1日、プレス発表)
高エネルギー陽子を中性子発生標的に入射すると、ビーム窓や標的材料の結晶格子中の原子が正規の格子点から弾き出される「弾き出し損傷」が起こり、材料強度の劣化を招きます。材料の「弾き出し損傷」は、陽子ビームの強度(陽子の数)と原子の弾かれやすさ(弾き出し断面積)で評価されますが、弾き出し断面積の実験データは乏しく、これまで、弾き出し反応のモデルを用いた計算で評価してきました。近年、マティーセン則に基づく電気抵抗の変化から損傷を実験的に求める手法が開発されはじめました。しかしながら、正確な測定には熱運動による損傷の緩和を避けるため極低温下(4K)での測定が不可欠です。そこで、J-PARCセンターの明午伸一郎(JAEA研究主席)らは、小型のヘリウム冷凍機を用いることで、大型冷凍機の設置が困難な空間的制約のある加速器施設での測定を可能にしました。J-PARCのRCS加速器で加速した陽子ビーム(400MeV~3GeV)を用いて、ビーム窓などの材料に使われる鉄と銅の弾き出し断面積を測定しました。実験値を計算モデルによる値と比較し、従来一般的に用いられてきたNRTモデルによる計算値は、損傷を過大評価することを示しました。最新の分子動力学法に基づく非熱的な再結合を補正したarcモデルによる計算値は実験値とよく一致しました。今後は、arcモデルを用いることにより、加速器駆動核変換システム(ADS)はもちろん、J-PARCの核破砕中性子源で使われている水銀ターゲットのステンレス鋼製容器などの高エネルギー加速器施設で使われる材料の損傷を精度良く評価できます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2020/07/01000552.html
■中性子で迫る宇宙創成の謎
-大強度偏極熱外中性子で、原子核内での対称性の破れの増幅現象に迫る-(7月15日、プレス発表)
宇宙誕生時に同数つくられたとされる粒子と反粒子のうち、なぜ粒子だけが生き残ったのか―この謎を解くカギとされるのが、粒子と反粒子の性質の違い(CP対称性の破れ)です。原子核が中性子を吸収する反応では、核子(陽子と中性子)同士の反応では非常に小さなCP対称性の破れが大きく増幅されることが示唆されており、CP対称性の破れを感度良く探索することに利用できると考えられています。そのために名古屋大学の山本知樹大学院生らは、原子核内での対称性の破れの増幅メカニズムをきちんと理解し、検証するために、J-PARCの中性子核反応測定装置 (ANNRI)を用いて、139La原子核の中性子吸収に伴うガンマ線の強度を測定しました。その結果、0.74 eVのエネルギーの、スピンの向きがそろった(偏極した)中性子を吸収した際にガンマ線放出方向の偏りが存在し、その偏り度合いが中性子スピンの向きによって異なることを世界で初めて発見しました。この実験と、モデル計算との比較からモデルの妥当性検証が可能となり、原子核内での対称性の破れの増幅メカニズムの解明が期待されます。
一方、本実験の成功の鍵となった1eV程度の高いエネルギーの中性子偏極デバイスとして、偏極した3Heガスを用いたコンパクトな3Heスピンフィルターを開発しました。研究グループは、3Heの偏極を保持するコイルや磁気シールドを工夫し、偏極装置小型化と加速器施設への導入により、このエネルギーで大強度の偏極中性子ビームの生成を世界で初めて実現し、本研究成果に繋がりました。今後、この新たに開発された偏極中性子生成装置を用いて、物性、工学などの様々な分野においても研究成果が創出されることが期待されています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2020/07/15000563.html
■J-PARC請負業者等安全衛生連絡会(6月30日、J-PARC・リモート開催)
「J-PARC請負業者等安全衛生連絡会」を6月30日に開催しました。 この連絡会は、J-PARC施設で運転または作業等に従事される業者の方々と職員が安全意識を共有する目的で、夏季メンテナンス期間に入る前に毎年開催しているものです。今年は新型コロナウイルスによる感染拡大防止のため、Web会議システムを用いたリモート開催となりました。請負業者46社とJ-PARC職員等が参加し、新型コロナウイルス感染拡大防止対策の実施に加えて夏季作業における熱中症対策など、これまでにない状況下での作業の留意点について質疑応答が行われ、お互いの理解の共有が図られました。
■第30回J-PARC PAC開催(7月20~22日、J-PARC・リモート開催)
7月20日からの3日間、Web会議システムを用いたリモートによる原子核素粒子共同利用実験審査委員会(J-PARC PAC)※を開催しました。委員会のメンバーは、今年4月に7名(海外3名)の交代がありました。冒頭、KEK素粒子原子核研究所の徳宿克夫所長が今回の審査内容について説明し、続いて齊藤直人J-PARCセンター長がJ-PARCの現状報告を行い、加速器第六セクションの佐藤洋一氏が加速器の現状と今後の運転計画を報告しました。その後、新規に申請された3件の課題の説明やハドロン実験施設とニュートリノ実験施設で現在進められている実験の進捗状況報告と今後の計画など、合計16件の報告がありました。新規実験課題の審査結果及び報告に対する委員会からの助言は、議事録としてまとめられ、近々公開されます。 ※J-PARCのメインリング加速器(MR)を主に用いて行う原子核・素粒子物理の研究計画の進め方に関する助言と大学共同利用実験として申請された新規の実験課題の審査を行うもので、現在、委員16名(海外9名)で構成され、毎年2回開催されます。
≪Information≫
■J-PARCオンライン施設公開2020について
今年のJ-PARC施設公開は、9月下旬頃にWeb上で実施します。日程等は、J-PARCホームページでご確認ください。