トピックス

2023.08.25

J-PARC News 第220号

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■プレス発表
(1)イオン周りの水分子は水素結合を素早く組み替えていた
 -水和物結晶中の水分子の運動を中性子で観測-(7月26日)

 水溶液中で、イオンは近傍にある水分子間の水素結合の組み替えを促進したり、抑制する性質が知られています。しかし、水分子からできた固体の内部で、イオンと水分子がどのように相互作用するのかは、解明されていませんでした。
 大阪大学、神戸大学、京都大学の研究グループは、セミクラスレートハイドレートと呼ばれる固体物質の内部において、イオン近傍の水分子が水素結合を組み替え、別の水分子と素早く水素結合を形成していることを明らかにしました。
 さらに、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)におけるダイナミクス解析装置「DNA」で、水分子とイオンからなるセミクラスレートハイドレート中の水分子の運動について測定したところ、イオン近傍の水分子が水素結合を組み替えて異なる水分子と新たな水素結合を形成する速度は、通常の固体状態の水分子に比べて10万倍速いことがわかりました。
 このようにイオン周辺の水分子の運動性が大きく変化することが検証されたことにより、水分子を用いた電池材料の開発には、電気伝導度を高くするイオンの探索が求められます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2023/07/26001183.html

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■(2)日本が開発した高強度マグネシウム合金はなぜ強いのか
 -その場中性子回折実験で変形中の構成相それぞれのふるまいを解明-(8月15日)

 JAEA、J-PARCセンター、熊本大学らのグループは、高強度マグネシウム合金(Mg97Zn1Y2合金。以下、LPSO-Mg合金)が高温押出加工により強度が大きく増加するメカニズムを解明しました。
 熊本大学が開発した高強度なLPSO-Mg合金は、マグネシウム母相(Mg相)と長周期積層構造相(LPSO相)から構成されています。この合金に高温押出加工を行うと強度が大幅に増大するため、自動車や航空機等の構造材料への応用が期待されています。一方で強度が増大するメカニズムについては解明されていませんでした。
 そこで、J-PARCのMLFに設置されている高性能工学材料回折装置「TAKUMI」を用い、異なる押出比で高温押出加工したLPSO-Mg合金の試験片を引張変形させながら測定する「その場中性子回折実験」を行いました。
 その結果、LPSO-Mg合金中の各構成相のふるまいを詳細に測定し、強度増大のメカニズムを定量的かつ詳細に解析しました。これにより、LPSO 相の強度増加に加え、 Mg相において形成された異なる形態の組織構造の強度も増加し、合金全体の強度を大きく増大させていることの解明に成功しました。
 今回解明した現象は、合金の設計において、合金中の特定構成相内に異なる形態の組織が存在するならば組織の個別応力にも着目すべきことを示唆しています。マグネシウム合金の開発においては、Mg相の組織形態を制御することで強度と延性を同時に向上させることが可能となり、今後の設計や高温加工プロセスの最適化に大きな指針を与えるものと考えられます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2023/08/15001190.html

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■J-PARCハローサイエンス 「ミューオン、冷えてます。」(7月28日)

 今回はハドロンセクションの三部勉氏が講師を務め、ミューオンを冷やす技術と、それを用いて行う異常磁気能率(以下「g-2」という)の精密測定について紹介しました。
 素粒子物理学の研究は、これまでの観測事実を表現する理論を構築し、それに基づいた予言を新たな実験結果と比較し、不一致であれば理論を修正する、という過程で進んできました。現在、素粒子標準理論の予想と実験結果はほぼ全て一致しますが、宇宙から消えた反物質など説明できない現象もあります。2021年4月、フェルミ国立研究所から、ミューオンg-2の実験値と標準理論との間に未解決なズレを見つけたという発表があり、未知理論の兆候ではないかとも考えられています。
 J-PARCでは新たな実験技術でg-2を測定する準備を進めています。世界初となるレーザー穴加工シリカエアロゲルを使ってミューオンを止めて、ミュオニウムを生成し、エネルギーを8桁減少させた(冷えた)ミューオンの生成に成功しました。冷却することでミューオンを絞り、ほぼ全てのミューオンを加速空洞に入射できるようになり、ミューオンの加速が可能となります。
 近い将来、世界で初めてとなる、冷えたミューオンを加速する試験を予定しています。ミューオンの冷却・加速・蓄積という新しい技術を組み合わせることで、従来の1/20サイズの実験装置でg-2の超精密測定を行い、標準理論に綻びがあるのか否かの証拠をつかみたいと考えています。
※ミュオニウム:正ミューオン(μ+)と電子(e-)との束縛状態

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■J-PARC出張講座を津山高専・豊田高専で開催(7月12、13日)

 「ミクロの世界を見る加速器の仕組み~素粒子現象から大構造物まで透視するミューオン加速技術~」というテーマで開催し、津山高専では1~5年生29名が、豊田高専では本科3年生10名が参加しました。
 講師は加速器第七セクションの大谷将士氏が務め、加速器の仕組みから医療・産業への利用、さらにミューオンによる物性・素粒子研究について紹介しました。講演後のアンケートでは、「今回の講義で素粒子について興味が出てきた」「加速器の製作について聞きたい」などといった意見が寄せられ、素粒子や加速器への関心を喚起する良いきっかけとなりました。

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■センター長が母校の中学校で出張授業(7月14日)

 小林隆J-PARCセンター長が、母校である岡山県真庭市立落合中学校で出張授業を行いました。落合中学校は岡山県北部の静かな山あいにある全校生徒300名余りの中学校です。生徒のほぼ全員が講堂に集まり、「大きな宇宙のひみつと ミクロな世界のひみつと 加速器と」というテーマで話を聞きました。
 授業では宇宙の大きさの解説の後、小さい素粒子に話は移り、素粒子を見るためには加速器が必要との説明がありました。そして、世界最高性能の加速器であるJ-PARCの特徴や果たす役割の紹介がありました。その中で、自分は科学まんがで理科が好きになり落合公民館の図書館で本を借りたエピソードを織り交ぜ、この授業がきっかけとなって皆さんが科学に興味を持ってほしいというメッセージが送られました。

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■「エコフェスひたち2023」に出展(7月22日、日立シビックセンター等)

 日立市が日立シビックセンター等で開催した「エコフェスひたち2023~『脱炭素のまちづくり』のためにできることをみつけよう~」に出展しました。エコフェスひたちは、実験・体験を通して学べる環境イベントです。猛暑にもかかわらず、約250名もの方がJ-PARCセンターのブースを訪れました。今年も大人気だったのは、低温セクションが制作した超伝導コースターです。-200℃近くまで冷やした超伝導体は、磁気レール上を浮上したままジェットコースターのようにレールに沿って滑走します。この超伝導技術がJ-PARCの加速器施設にも利用されている旨説明すると、ぜひ、直に見てみたいとの声もありました。

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■東海村エンジョイ・サマースクール2023(7月25日、8月1、9日 、東海村図書館)

 東海村教育員会により、村内の小学生を対象としてエンジョイ・サマースクールが企画されました。J-PARCセンターは、「傾いたまま回るコマを作ろう!」と題する実験教室を開催し、 3日間で37名の参加がありました。
 子どもたちは、離れているけれど互いに及ぼしあっている力が磁石や電流を流したコイルで見られる様子を観察しました。
 また、コマの工作では、重心を変えると、回転している時の軸の動き(歳差運動)が変化する様子を調べ、歳差運動をしない重心の位置を一生懸命探していました。
 J-PARCで研究している素粒子は、磁力の影響を受けてコマに似た動きをします。身近なものもよく観察すると、科学とつながる現象がたくさんあることを、この機会に学んでもらえばと思います。

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■宇宙線ミュオンで古墳を透視プロジェクト
 子どもたちが自作の測定器で宇宙線ミュオンを捉えました(8月3、6、8日)

8月3、6、8日の3日間、小学生から高校生までの31名がミュオン測定器を作る体験学習を行い、宇宙線ミュオンを捉えていることを実証しました。これは東海村、J-PARCセンター、茨城大学、東京都立大学が実施する「宇宙線ミュオンで古墳を透視プロジェクト」の第5回目として、歴史と未来の交流館で行われたものです。宇宙線が地球の大気とぶつかると生成されるミュオンは地上まで届き、それがシンチレータの中を通ると光が出ます。この光を光ファイバーで集め、その信号をオシロスコープで測ろうというものです。
 まず透明なプラスチックシンチレータ板2枚の中にそれぞれ光ファイバーを通し、黒いシートで全体を覆います。次に回路を組み立て、光センサーからのケーブルを読み出しボードに繋ぎ、オシロスコープまで配線をします。長さ1m近くもあるシンチレータを組み立てる大掛かりな作業から、小さい回路を繋ぐ繊細な作業、そしてJ-PARCで最先端の実験に使っているオシロスコープの調整まで、さまざまな工程があります。そのため、交流館やJ-PARCの職員の他に茨城大学の学生にも来てもらい、子どもたちにアドバイスをしながら進めていきました。
 最後の写真に写っているオシロスコープ中の青と黄色の2本の線は、2枚のシンチレータの中にある光ファイバーからの信号です。両方のパルスは、宇宙線ミュオンが検出されたことを示しています。2枚のシンチレータが同時に発光しているので、これは単なるノイズではなく、宇宙線ミュオンを捉えていることが実証されます。
 子どもたちが自分で測定器を作り、それを使って宇宙線ミュオンを測定するという実験を行うことは、主催者側としても新しい試みであり、子どもたちにとって大変貴重な経験であったと思います。
※ミュー粒子のことを「ミュオン」または「ミューオン」と表す。

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■ご視察者など

 8月22日 大島敦 衆議院議員

 

 

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J-PARCさんぽ道 ㊲ -さそり座と反さそり座-

 写真は裏磐梯の曽原湖から撮影した夏の夜空です。ここは標高が高く周りに灯りがほとんどないので、肉眼でも6等星までを見つけることができます。さらに磐梯山の頭上には天の川が流れています。これだけ多くの星が見えると、天空のさそり座はかえって判別しにくくなります。その代わり湖面には余分な星々が消され、赤っぽい1等星のアンタレスから尻尾にかけて主な星だけがきれいな逆S字カーブを描いて映り、ここがさそり座であることがはっきり分かります。
 カメラマンは「偶然の賜物です」と謙遜します。しかしこの写真を撮るには、季節、時刻、湿度、気圧配置、月の有無、そして地平線の向こうに広がる会津若松や郡山の街の明るさなど、条件がすべて揃わなくてはなりません。
 宇宙が誕生した時、同じ数の物質と反物質が生まれ、その後物質と反物質が衝突しながら対消滅したのですが、現在の宇宙では反物質はほとんどなくなり、物質だけが残っています。物質と反物質は完全な対称ではなく、どこかに違いがあるようなのです。この正体を確かめるため、J-PARCではCP対称性の破れを研究しています。
 天空と湖面に映ったさそり座と反さそり座は、CP対称性の破れを象徴しているようにも見えます。J-PARCでは大量の粒子と反粒子を作り出し、崩壊などの変化の違いを調べることにより、宇宙創成の歴史という壮大なロマンを追いかけていきます。

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