プレスリリース

2021.11.18

鉄シリコン化合物における新しいトポロジカル表面状態
- ありふれた元素を用いたスピントロニクス機能の実現 -

東京大学
理化学研究所
総合科学研究機構
日本原子力研究開発機構
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
東北大学
科学技術振興機構

 

発表のポイント

  ✣ 地球上に豊富に存在する鉄(Fe)とシリコン(Si)から成る化合物FeSiにおいて強いスピン軌道相互作用(注1)を示す表面状態が現れることを発見し、その表面状態を用いてスピントロニクス機能(注1)を実現しました。

  ✣ FeSiの表面状態の特徴が結晶内部の電子状態のトポロジー(注2)に由来していて、現代の電気分極理論で用いられる幾何学的位相の概念(注3)に関連していることを解明しました。

  ✣ 従来あまり注目されてこなかったありふれた元素の化合物に潜むトポロジカル物性(注2)・スピントロニクス機能の開拓指針となり、情報化社会の持続的発展を支える物質基盤の確立に繋がる可能性があります。

発表概要

  電子のもつ電気的な性質(電荷)と磁気的な性質(スピン、注1)を同時に利用することによって磁石の状態を電気的に操作する技術は、現代のエレクトロニクスを大きく発展させる要素として注目されています。特に近年発見されたトポロジカル絶縁体(注4)は、その表面状態における高効率・省電力なスピン操作が可能であるため、有望な物質基盤になると期待されています。一方で、トポロジカル絶縁体をはじめとした既存の候補物質は重元素の含有を必要とし、材料の観点からは希少性や毒性といった点で課題がありました。

  東京大学大学院工学系研究科の大塚悠介大学院生(当時)、金澤直也講師、平山元昭特任准教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長らを中心とする研究グループは、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授、藤原宏平准教授らの研究グループと共同で、地球上に豊富に存在する鉄(Fe)とシリコン(Si)から成る化合物FeSiにおける新しいトポロジカル表面状態(注2)を発見し、強いスピン軌道相互作用に由来したスピントロニクス機能を実現しました。また東京大学物性研究所の中島多朗准教授、総合科学研究機構中性子科学センターの花島隆泰研究員、日本原子力研究開発機構J-PARCセンター/高エネルギー加速器研究機構の青木裕之特別教授と共同で、FeSi表面における強磁性スピン状態(注1)を直接観測しました。

  今回の発見によって、希少元素化合物において開拓されてきたトポロジカル物性やスピン操作機能を、ありふれた元素の化合物でも実現可能であることが明らかにされました。つまり、資源の制約や環境負荷を抑えつつ、電子デバイスの省電力化や高機能化を大きく進展させる可能性があり、情報化社会の持続的発展を支える物質基盤の確立に貢献することが期待されます。

発表内容

【研究の背景】

  現代のエレクトロニクスは、半導体集積度の限界や情報処理のエネルギー消費量の急増といった課題に直面しており、微細化技術の向上だけでなく半導体デバイスの高性能化や新機能付与が重要な開発戦略となっています。中でも、電子のもつスピンの自由度を利用したスピントロニクスの発展が期待されており、物質・デバイス開拓が盛んに研究されています。物質の表面や界面には特殊なスピン状態が現れることがあり、スピントロニクス機能を発揮します。特に近年発見されたトポロジカル絶縁体の表面状態は高効率・省電力なスピン操作を可能にするため、これまで培われてきた半導体スピントロニクスを大きく前進させる要素として注目を集めています。一方、トポロジカル絶縁体をはじめとした既存の物質は、重元素のもつ強いスピン軌道相互作用によって特徴的なスピン状態が担保されています。しかし、材料の観点からは、それらの重元素の希少性や毒性といった点で課題がありました。

【研究内容】

  本研究は、地球上に豊富に存在する鉄(Fe)とシリコン(Si)から成る化合物FeSiに強いスピン軌道相互作用を示す表面状態が存在することを明らかにし、さらに電流誘起磁化反転といった不揮発性メモリにおける情報の記録技術に応用可能なスピントロニクス機能を実現しました。

  図1は、FeSiの表面がこれまで知られていた結晶内部の非磁性絶縁体状態(磁石の性質を持たず電気を通さない状態)とは異なり、強磁性金属状態(磁石の性質を持ち電気を通す状態)を示すことを明らかにした実験結果です。FeSi薄膜試料において単位面積あたりの電気伝導度とホール伝導度(注5)を測定したところ、それぞれに薄膜の厚さに対して変化しない表面強磁性金属層からの寄与を観測しました。また大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF、注6)の偏極中性子反射率計(BL17、SHARAKU)を使用した偏極中性子反射実験によって強磁性状態が表面の数原子層(約0.3ナノメートル)にのみ存在していることを実証しました(図2)。

  表面の電子状態とスピン状態を計算した結果、FeSiの表面はトポロジカル絶縁体とは異なったトポロジーの性質を持ち、それによって特徴的な表面電子分布と強いスピン軌道相互作用が発現していることがわかりました。図3は計算された表面電子の波動関数とスピン状態を表しています。原子核の位置から少し浮き上がるように電子が分布していて、表面に電気的な偏り(分極)が形成されています。この表面分極に由来して強いスピン軌道相互作用が引き起こされ、スピンの向きと電子の運動方向が互いに相関した状態が安定になっています。これらの表面状態の特徴は、結晶内部の電子状態のトポロジーに由来しており、Zak位相(注3)という現代の電気分極理論で用いられる幾何学的位相の概念によって記述されることがわかりました。

  さらに、この強いスピン軌道相互作用を利用すれば、電流によって磁化の向きを制御できることがわかりました。図4は、電流を流すことによってFeSi表面の磁化(磁石の強さと向きを表す量)が上下に反転する様子を表した模式図と実験結果です。磁化の向きをホール効果(注5)によって検出しており、閾値以上の大きな電流を流すことによって、磁化の向きを繰り返し反転できることがわかりました。これは、磁化の向きで情報を記録する不揮発性メモリを電気的に高速制御する手法として応用できます。

【社会的意義・今後の予定】

  比較的原子番号の小さい軽元素で構成された化合物における強いスピン軌道相互作用の発現は、これまでの常識を打ち破るものであり、トポロジーの概念を用いたスピントロニクス物質設計の新しいパラダイムが拓かれました。これにより、環境負荷の小さく資源として豊富に存在する元素の化合物に潜むトポロジカル物性・機能の開拓が促進され、電子デバイスの省電力化や高機能化に繋がることが期待されます。今後もFeSiで発見されたトポロジカル表面状態への多角的な実験やデバイス応用に向けたスピントロニクス機能の向上が望まれます。

【研究支援】

  本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「Zak 位相制御による表面状態設計とスピントロニクス機能実現(研究代表者:金澤直也)」(Grant No. JP20H01859)、同基盤研究 B 「トポロジカル熱輸送の低温イメージング分光(研究代表者:豊田新悟)」(No. JP20H01867)、同新学術領域研究(量子液晶の物性科学)「トポロジカルスピン液晶制御と巨大電子散乱現象(研究代表者:金澤直也)」(Grant No.JP20H05155)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業FOREST「新世代コンピューティング素子のためのスキルミオン物質基盤創成(研究代表者:金澤直也)」(Grant No. JPMJFR2038)、戦略的創造研究推進事業 CREST「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」(Grant No. JPMJCR1874)、同 CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」(Grant No.JPMJCR16F1)による支援を受けて行われました。

発表雑誌

 

雑誌名 「Science Advances」
論文タイトル Emergence of spin-orbit coupled ferromagnetic surface state derived from Zak phase in a nonmagnetic insulator FeSi
著者 Yusuke Ohtsuka, Naoya Kanazawa*, Motoaki Hirayama, Akira Matsui, Takuya Nomoto, Ryotaro Arita, Taro Nakajima, Takayasu Hanashima, Victor Ukleev, Hiroyuki Aoki, Masataka Mogi, Kohei Fujiwara, Atsushi Tsukazaki, Masakazu Ichikawa, Masashi Kawasaki, Yoshinori Tokura
DOI番号 10.1126/sciadv.abj0498

発表者

大塚 悠介(当時:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 修士課程2年生)
金澤 直也(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 講師)
平山 元昭(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 特任准教授 / 理化学研究所創発物性科学研究センタートポロジカル材料設計研究ユニット ユニットリーダー)
松井 彬(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 修士課程2年生)
野本 拓也(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 助教)
有田 亮太郎(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授 / 理化学研究所創発物性科学研究センター計算物質科学研究チーム チームリーダー)
中島 多朗(東京大学物性研究所 准教授)
花島 隆泰(総合科学研究機構中性子科学センター 研究員)
Victor Ukleev(Paul Scherrer Institute 博士研究員)
青木 裕之(日本原子力研究開発機構J-PARCセンター 研究主幹 / 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 特別教授)
茂木 将孝(当時:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 博士課程3年生 / 現在:Massachusetts Institute of Technology 博士研究員)
藤原 宏平(東北大学金属材料研究所 准教授)
塚﨑 敦(東北大学金属材料研究所 教授)
市川 昌和(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 名誉教授)
川﨑 雅司(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授 / 理化学研究所創発物性科学研究センター 副センター長)
十倉 好紀(理化学研究所創発物性科学研究センター センター長 / 東京大学国際高等研究所東京カレッジ 卓越教授)

注意事項

  解禁日時:日本時間11月18日(木)午前4時(アメリカ東部時間:11月17日午後2時)以前の公表は禁じられています。

お問い合わせ先

< 研究に関すること >

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 講師
金澤 直也(かなざわ なおや)
TEL:03 -5841 -6840
E-mail:kanazawa[at]ap.t.u-tokyo.ac.jp
 
理化学研究所創発物性科学研究センター センター長
東京大学国際高等研究所東京カレッジ 卓越教授
十倉 好紀(とくら よしのり)
E-mail:tokura[at]riken.jp
 

< JST事業に関すること >

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(しまばやし ゆうこ)
TEL:03 -3512 -3531
FAX:03 -3222 -2066
E-mail:crest[at]jst.go.jp
 

< 報道担当 >

東京大学大学院工学系研究科 広報室
TEL:070 -3121 -6349
E-mail:kouhou[at]pr.t.u-tokyo.ac.jp
 
理化学研究所 広報室 報道担当
E-mail:ex-press[at]riken.jp
 
東京大学物性研究所 広報室部
TEL:04 -7136 -3207
E-mail:press[at]issp.u-tokyo.ac.jp
 
総合科学研究機構中性子科学センター 利用推進部 広報担当
TEL:029 -219 -5310 内線 3709,3705
FAX:029 -219 -5311
E-mail:press[at]cross.or.jp
 
高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL:029 -879 -6047
E-mail:press[at]kek.jp
 
J-PARCセンター 広報セクション
TEL:029 -284 -4578
E-mail:pr-section[at]j-parc.jp
 
東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
TEL:022 -215 -2144
E-mail:imr-press[at]imr.tohoku.ac.jp
 
科学技術振興機構 広報課
TEL:03 -5214 -8404
FAX:03 -5214 -8432
E-mail:jstkoho[at]jst.go.jp
 

  ※上記の[at]は@に置き換えてください。

 

用語解説

 (注1)スピン、スピン軌道相互作用、スピントロニクス
  電子の自転運動に由来した角運動量をスピンといい、自転軸の方向に対して向きをもつ。物質中の電子の集団が同じスピンの向きを示すと磁石の性質を示す。電子の運動量とスピンの間に働く力をスピン軌道相互作用と呼び、一般に重い原子ほど大きな効果として現れる。スピンを用いた電子技術をスピントロニクスと呼び、スピン軌道相互作用を利用した技術開発が研究されている。

 (注2)トポロジー、トポロジカル表面状態、トポロジカル物性
  トポロジーは位相幾何学と呼ばれる数学の一つであり、連続的な変形に対して形が移り変われるかによって物体の形状を分類する。物質内部の電子状態が特別なトポロジーで表される構造をもつと、その構造を反映した特徴的な状態が表面に現れ、物質内部とは異なる性質を示す。ここでは、そのような表面状態と性質をそれぞれトポロジカル表面状態とトポロジカル物性のように呼ぶ。

 (注3)現代の電気分極理論で用いられる幾何学的位相、Zak位相
  電子状態の幾何学的性質によって決まる量子力学的位相。運動量空間を横切る経路に対してBerry接続を積分した量に対応する。

 (注4)トポロジカル絶縁体
  電子状態のトポロジーによって、内部は電気を通さない絶縁体であるが、表面は電気を通す金属となる物質である。特にそのトポロジーはBerry曲率いう概念と密接に関連している。

 (注5)ホール効果、ホール伝導度
  磁場などによって電流の向きが垂直方向に曲げられる現象のことをホール効果と呼び、電場に対して垂直方向に曲げられる電流の大きさを示す量をホール伝導度という。特に磁化によって引き起こされるホール効果を異常ホール効果と呼び、通常は電流に対して垂直な磁化の大きさに比例する。本研究では異常ホール効果を用いて、磁化の大きさと向きを評価した。

 (注6)大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)
  J-PARC(ジェイパーク)は日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が茨城県東海村で共同運営している先端大型研究施設で、素粒子・原子核物理学、物質科学、生命科学などの幅広い分野の世界最先端の研究が行われている。MLFでは、世界最高クラスのパルス中性子およびミュオンビーム、最先端実験装置を用いた物質科学、生命科学の学術研究および産業応用研究が行われている。総合科学研究機構中性子科学センターは「SHARAKU」をはじめとする共用ビームラインの利用者選定、利用支援を行なっている。

添付資料

20211117_01

図1 FeSi薄膜における単位面積あたりの伝導度(a)とホール伝導度(b)の膜厚依存性。それぞれ電気の通しやすさと磁化の大きさに比例する。物質が内部も表面も同じ状態であれば、グラフの切片(横軸がゼロの時の縦軸の値)がゼロとなる。FeSi薄膜においては伝導度もホール伝導度も有限の切片(薄膜の厚さに対して変化しない寄与)を示し、表面に金属伝導が存在していることがわかった。特に磁化に比例するホール伝導度から、強磁性状態が表面に共存していることが示唆された。

20211118_02

図2 偏極中性子反射実験の模式図。スピンの向きを外部磁場に対して平行または反平行に揃えた中性子線を入射すると、試料深さ方向の磁化分布に応じて中性子線の反射率が変化する。スピンの向きと入射角度を変えた反射率測定を行い、その信号を解析することによって磁化の分布を観測することができる。FeSiにおいては赤で示した表面にのみ強磁性状態が存在することがわかった。

20211118_03

図3 計算された表面電子の波動関数の分布(a)と運動量空間における表面バンド構造の等エネルギー線とスピン状態(b)。(a)における黄色と青の球はそれぞれFeとSiの原子位置を表している。青で描かれた表面電子の波動関数は、表面のFe原子から浮き上がったような分布をしている。また(b)における矢印はスピンの方向を表しており、運動量空間において渦状の配列を成している。これらの電子状態・スピン状態はZak位相で記述される結晶内部のトポロジーに由来している。

20211118_04

図4 FeSi薄膜における電流誘起磁化反転の模式図(a)と実験結果(b)。FeSiのように強いスピン軌道相互作用が存在する表面では、電流によって特定の方向のスピンが蓄積され、角運動量の受け渡しによって磁化の向きが反転する現象が起きる。本研究ではホール効果によって磁化の向きを検出した。(b)に示したように電流パルスの大きさを正の方向に増加させていくと閾値でホール抵抗率の値(磁化の向き)が正(上向き)から負(下向き)に変化する様子が観測された。電流の向きを反対(負)にすると、ホール抵抗率の値(磁化の向き)が負(下向き)から正(上向き)に変化する。これは電気的に磁石の向きを制御できることを示しており、不揮発性メモリの機能向上に貢献する。