トピックス

2021.04.28

J-PARC News 第192号

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■J-PARCセンター長就任あいさつ

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 2021年度から3年間J-PARCセンター長を拝命した小林です。
 J-PARCは、関係各位の多大なご協力により、2008年の運転開始からこれまで、素粒子・原子核物理、物質・生命科学などの幅広い分野で多くの成果を上げてきました。
 今後も、多目的施設の特徴を生かし、世界中のユーザー、企業の皆様と協力しながら、新たな知の創出のため、国内外の研究機関との連携協力の促進や産業利用の充実を図り、分野横断的な交流の場を目指してまいります。また、安全に留意しつつ、ここで得られる研究成果を国民の皆様と広く分かち合うことで、J-PARCを日本の誇りと人類の発展に貢献する研究施設に育てていくことが、私の使命であると考えています。
 今後とも皆様のご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
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■プレス発表

(1)緒方洪庵が遺した"開かずの薬瓶"非破壊で解明
 ミュオンビームによる医療文化財の分析に成功(3月17日発表)

 江戸時代末期の医師、緒方洪庵が使用していた薬箱に遺された薬瓶の中には、開栓不可能な状態のものがありました。
 医療に関係する歴史的に貴重な実体物資料を「医療文化財」と定義づけて研究している大阪大学の髙橋京子招へい教授らは、薬瓶を壊さずに内容薬物を分析すべく、J-PARCのミュオン科学研究施設(MUSE)にて、負ミュオンによる元素分析を行いました。蛍光X線分析では試料表面の分析に限られるのに対し、負ミュオンを試料に照射して出てくるX線はエネルギーが高いので、内容薬物から出るX線も、薬瓶の外側で検出できます。分析の結果、水銀、塩素のシグナルを観測することに成功し、内容薬物が瓶に表記された「甘」の文字の薬史学的な考証結果から推測されていた、当時「甘汞(カンコウ)」と呼ばれた塩化水銀(I)であることを裏付けました。資料の全容解明が進むことで、現代社会に対しても有意義な情報が得られるとともに、医療文化財資料を後世に伝えるための保存方法・環境の整備にもつながります。
 J-PARC MUSEのミュオンビームを用いた「文理融合研究」が進む中、本研究は、医療文化財の非破壊分析にミュオンが有用であることを示しており、今後、この分野へのますますの貢献が期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/03/17000664.html

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(2)環境に優しい高効率冷却システムを実現する新酸化物エネルギー材料の発見
 ― 巨大圧力熱量効果による熱制御の実証 ―(3月25日発表)

 世界の電力消費の25~30%が、冷房や食料品の冷蔵保管などの冷却に使われているとも言われています。圧力など、材料に加える力を制御することで、熱を蓄えたり、取り出したりできる熱量効果を利用した固体冷媒による冷却は、従来のガス圧縮式冷却に比べ機器の⼩型化が可能で環境負荷も小さい次世代冷却方式として、近年大きな注目を集めています。
 Aサイト秩序型ペロブスカイト構造を持った鉄酸化物NdCu3Fe4O12は、室温付近で結晶中の銅(Cu)と鉄(Fe)の間の電荷の移動による相転移が起こります。京都大学の島川教授らは今回、その相転移の際に大きな熱の出し入れが生じることを見出し、J-PARCの中性子回折装置SPICAを用いた実験により、この熱の出し入れが鉄(Fe)イオンのスピン(電子の持つ磁石の性質)の向きが揃うことによる磁気エントロピー(系のミクロレベルでの乱雑さを表す指標)の変化によることを明らかにしました。さらに、この物質にかける圧力を変化させることで、熱の出し入れを効率的に行えることを実証しました。今後、環境に優しい冷却システムの構築へと展開していくとともに、今回の成果を指針として、高効率な固体熱量効果材料の設計が進むことが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/03/25000670.html

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(3)次世代太陽電池材料"有機無機ハイブリッドペロブスカイト"の
 圧力印加・同位体置換による高効率化・長寿命化を実現(3月29日発表)

 ペロブスカイト構造中に有機イオンが入った有機無機ハイブリッドペロブスカイトは、その発電性能の高さや作成の容易さから次世代太陽電池材料として期待されています。この物質は圧力をかけて結晶格子を縮めることで発電性能を向上させることができますが、その一方で圧力をかけすぎると結晶構造が乱れてしまい、さらなる特性の向上が望めないという問題がありました。
 北京高圧科学研究センターのリンピン・コン氏らは、代表的な物質であるCH3NH3PbI3において、有機イオンの水素を重水素に置換して、構造の乱れのカギを握る水素の運動を鈍らせることで、構造をより高圧下まで安定に保てること、その結果更なる発光強度の増大(図)や長寿命化が実現できることを明らかにしました。その起源を調べるため、J-PARCのPLANETを使った高圧下中性子回折やX線回折を行った結果、重水素置換によって結晶構造中の八面体の歪みが高い圧力まで抑制されることが分かりました。この方法は異なる有機分子を持つ他のハイブリッドペロブスカイトにも応用できるため、今後より安定で高性能な太陽電池セルの設計に役立つものと考えられます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/03/29000674.html

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■第15回東海フォーラムの開催(3月22日)

 東海村にある原子力機構の研究施設の活動状況を報告する「東海フォーラム」は、今年度は新型コロナの影響で、録画映像の公開で行われました。 J-PARCでは、齊藤直人 前センター長からJ-PARCの概要の説明と、最近の研究成果として、ニュートリノ振動実験の成果や超原子核の発見について報告がありました。また、物質・生命科学ディビジョン中性子利用セクションの廣井孝介氏から、世界で最初のパルス中性子イメージング装置を利用した磁場の可視化技術の紹介と、磁気製品の高度化に向けた研究への活用例についての説明がありました。
詳しくは核燃料サイクル工学研究所ホームページをご覧ください。 https://www.jaea.go.jp/04/ztokai/forum/index.html

 

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■E07実験「新種の二重ラムダ核発見」の論文が日本物理学会論文賞を受賞(3月19日)

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 J-PARC E07実験グループが2019年に「Progress of Theoretical and Experimental Physics」誌(日本物理学会が出版)へ掲載した論文が、第26回(2021年)日本物理学会論文賞を受賞しました。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/topics/2021/03/19000666.html

 

 

■J-PARCハローサイエンス「宇宙一小さいコマ、素粒子を使って宇宙始まりの謎に迫る!」
 (3月26日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」)

 宇宙誕生であるビッグバン直後には、物質と反物質が同じだけあったのに、なぜ今は反物質がほとんど存在しないのか。このCP対称性の破れを研究するため、茨城大学理学部准教授 飯沼裕美氏は、J-PARC の物質・生命科学実験施設で作られる大強度で高品質なミュオンビームを使って、歳差運動を精密に測定する実験の準備を進めています。 今回は、会場でコマを回して歳差運動を起こし、ミュオンの歳差運動を模擬した実験を行いながら、宇宙の始まりを考えるきっかけについて語りました。

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■学童クラブでJ-PARCハローサイエンス科学教室を開催(4月2日、おーくす船場学童クラブ)

 東海村のおーくす船場学童クラブで、コマをテーマにした春休み工作実験教室を開催しました。
 3~6年生向けの教室では、方位磁石を使い、円板磁石と電磁石それぞれの磁力線を観察しました。次に、紙皿とボルトで重心が変えられるコマを作って回し、歳差運動の実験をしました。
 1~2年生のコマ作り実験では、小さい子供たちは、上手にねじを埋め込めなかったり、コマをうまく回せなかったりして先生の手を借りていました。それでもコマが回り出すと可愛らしい歓声があちこちで上がりました。
 J-PARCで研究している素粒子「ミュオン」は、コマに似た動きをしています。子供たちには、地元にあるJ-PARCの活躍を知ってもらうとともに、今回の工作で発見した驚きや面白さが科学への興味に繋がることを願っています。

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■加速器運転計画

 5月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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さんぽ道 ⑨ -パンジーとJ-PARC-

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 J-PARC研究棟の正面玄関前の花壇に、実験教室のお礼にと白方小学校からいただいたパンジーの苗を植えました。この色とりどりのパンジーは、白方小学校の先生が、代々、種をとり、その種を蒔いて育てたものです。私たちは、白方小学校から受け継いだ遺伝子を絶やさないよう、この花壇で花を咲かせ次の種を実らせるため、大事に育てていきたいと思っています。
 そのJ-PARCでは、4月1日、センター長と3人の副センター長が全員交代したのを始め、大幅な人事異動がありました。今までのスタッフの遺伝子を引継ぎ、新鮮な能力と個性を持った多くの新たな仲間を受け入れることで、J-PARCの運転や利用研究において、更なる飛躍を目指します。また、J-PARCを去った方々も、J-PARCで培った遺伝子を引き継ぎ、新しい地で開花できるよう願っております。