トピックス

2022.04.22

J-PARC News 第204号

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■日本原子力学会英文誌の"the JNST Most Popular Article Award 2021"を受賞(3月16日)

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 核変換ディビジョンの松田洋樹氏(現所属は量子科学技術研究開発機構)が筆頭著者となってJournal of Nuclear Science and Technology(JNST)誌に発表した論文が、the JNST Most Popular Article Award 2021に選ばれました。本賞は、2020年にJNST誌に掲載された論文のうち、ダウンロード数の多かった6本の論文に授与されたものです。3月16~18日に開催された日本原子力学会2022年春の年会において、授賞式が行われました。
 加速器駆動核変換システム(ADS)では、大強度陽子ビームが通過するビーム窓等の材料損傷評価が重要です。しかし、評価の基準となる「原子の弾き出し断面積」の実験データは乏しく、評価計算結果の妥当性が不明でした。そこで著者はJ-PARCの陽子ビームを用い、ADSで使われる鉄と銅の弾き出し断面積の測定を行い、鉄については世界で初めてデータの取得に成功しました。本論文はこの実験結果および実験値と評価計算値との比較を議論したものであり、この成果は今後のADS等の高エネルギー加速器施設で用いられる材料損傷評価の精度向上に貢献するものです。
詳細は2020年7月1日のプレス発表をご覧下さい。https://j-parc.jp/c/press-release/2020/07/01000552.html

 

 

■プレス発表

(1)大強度加速器×超高精度"温度計"で原子核を作る力に迫る
 -風変わりな原子からのX線の測定精度を飛躍的に向上-(3月28日)

 J-PARCハドロン実験施設では、原子核の中の陽子と中性子を結び付けて原子核を形作る力である「強い力」の性質を解き明かし、身のまわりの物質の起源に迫ろうとしています。
 JAEAの橋本直研究副主幹らは、J-PARCの大強度加速器を用いて、電子の代わりにK-中間子が束縛された原子である「K中間子原子」を生成し、この原子から放出されるX線のエネルギーを測定することで、「強い力」を調べました。X線のエネルギーは、K-中間子と原子核の間に働く力に応じて決まります。K-中間子と原子核の間には電気的な力だけでなく、「強い力」も働き、電気的な力は計算で求めることができるので、実験で得られるX線のエネルギーと比較することで「強い力」の情報を引き出すことができます。X線検出器には、高いエネルギー分解能を持つことと、四方八方に放出されるX線をできるだけ多くとらえるために覆える面積が大きいことの両立が求められますが、高分解能の超伝導転移端センサー(Transition Edge Sensor, TES)を用いた検出器を多素子化することで実現しました。TES検出器は、X線のエネルギーを熱に変換して生じる微小な温度上昇を、超伝導物質が超伝導へ転移する直前のごく狭い温度領域で温度変化に対して電気抵抗が急激に変化することを利用した高感度の"温度計"で測定するもので、大強度ビーム中という過酷な放射線環境下で使える手法を確立し、K中間子原子からのX線を従来と比べて10倍良い精度で測定することに成功しました。今後、様々な原子に対して同様の手法で測定を進め、「強い力」の定量的理解が飛躍的に進展すると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/03/28000872.html

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(2)スピンの響き、超音波で奏でて中性子で聴く
 -超音波と中性子を組み合わせた新手法でスピンによる発電の効率因子を特定-(3月29日)

 物質中の電子のスピンを使って熱を電力に変換する「スピンゼーベック効果」は、今後普及が進むとされる「IoT(モノのインターネット)」の基礎となるマイクロセンサー網の自立用電源などとして期待されています。しかし、これら電源は室温付近での利用が想定される一方で、スピンゼーベック効果による実際の電圧は100K以上の温度で理論計算値を大幅に下回るということが知られており、実用化にはこの問題の原因の究明が求められていました。
 総合科学研究機構(CROSS)の社本サイエンスコーディネータ、松浦次長、新潟大学の赤津助教、JAEAの家田研究主幹らは、スピンゼーベック効果の研究によく用いられるイットリウム鉄ガーネット(YIG)に超音波をあてて結晶格子を強く揺らし、J-PARC 物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子背面反射型分光器BL02「DNA」を用いて、中性子準弾性散乱法によりスピンの応答を調べました。YIG結晶格子中の電子スピンに由来するピーク強度の温度変化を調べた結果、スピンと格子の結び付きが100 K以上の温度で急激に減少することを発見し、これが発電効率を支配する重要因子であることを世界で初めて特定しました。今後、この中性子散乱と超音波印加を組み合わせた手法を活用することで、室温でより強いスピン・格子結合を持つ物質を探索し、スピンによる発電効率を大きく上昇させることを目指します。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/03/29000874.html

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(3)J-PARC MRにおけるICTを活用した防災システムの開発(3月30日 記者会見、3月31日 プレス発表)

 飛島建設株式会社、J-PARCセンター、綜合警備保障株式会社(ALSOK)、関西大学総合情報学部田頭研究室は、J-PARCのMR内におけるICTを活用した防災システムを共同で開発しました。それに伴い、報道機関向けに記者会見を開催し、新聞社等7社から各1名に参加いただきました。説明者は飛島建設土木事業本部リニューアル統括部長川端康夫氏と、J-PARCセンター加速器ディビジョンの石井恒次氏です。
 MRはJ-PARC最大の加速器で、地下15mの位置に周長1.6kmの巨大トンネルが通っています。この中で作業をする者にとって、避難誘導等の安全確保は極めて重要なテーマです。しかしながら、トンネル内は電波が届かないため、セルラー網による通信やGPS による測位ができず、ICTの活用が限定的なものとなっています。そこで、①閉空間でもアプリが稼働する独立したネットワーク網、②施設利用者の位置や動線の把握、発災時に適正な避難誘導が行えるシステム、③モバイル端末を活用して作業者の位置を特定するとともに緊急時に管理者と作業者が効率よくコミュニケーションがとれるICT 防災アプリ及びシステム、④映像通話による遠隔作業支援機能や放射線測定にQRコードを活用する等の日常的に活用できるアプリ機能の付加、⑤自律走行ロボットに映像、熱赤外線、放射線量などのセンサを搭載等の機能を構築し、それらの具体的な説明がされました。今後はMR以外のJ-PARC施設での採用を目指すとともに、国内外の研究施設への展開も検討されています。
※メインリングシンクロトロン
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/03/31000876.html

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■第2回 J-PARCオンライン講演会及びJ-PARCハローサイエンスを開催(3月25日)

 第2回オンライン講演会「素粒子クォークが作り上げた宇宙の多彩な物質-その解明に挑むJ-PARC-」、J-PARCハローサイエンス「宇宙にあるのか"ハイパー原子核"」が開催され、東北大学の田村裕和教授が講演を行いました。また講演会では素粒子原子核ディビジョンの澤田副ディビジョン長からJ-PARCで行っている実験の具体的な紹介がありました。
 宇宙での物質の誕生と進化には4つの大きな謎があります。①なぜ粒子は反粒子より多くあったのか、②クォークからなぜ陽子・中性子が生まれたか、③すべての原子核(元素)は宇宙のどこでどう作られたのか、④中性子星内部の物質の正体は何か、です。このうち、①、②、④の謎を解明しようとする研究がJ-PARCハドロン実験施設で進められています。 物質を構成する原子の中心にある原子核は、地上のものは陽子と中性子から成り立っており、その陽子や中性子は、6種類のクォークの中で最も軽い、アップクォークとダウンクォークの2種類だけでできています。一方宇宙では、この2つのクォークの次に重いストレンジクォークも重要な役割を担っていることが分かってきました。恒星の進化の末期には赤色超巨星が形成され、やがて超新星爆発を起こし、その残骸はブラックホールや中性子星になります。中性子星は半径10~15kmで太陽の1~2倍の質量を持つ宇宙で最も高密度な物体です。その表面に近いところは中性子ですが、中心部分はストレンジクォークを含む未知の物質でできているのではないかと言われています。J-PARCハドロン実験施設では、この未知の物質を解明するために地上に「ミニ中性子星」を作ってその性質を探ろうという研究が進んでいます。
第2回 J-PARCオンライン講演会について、詳しくはこちらからご覧ください。http://www.j-parc.jp/c/information/2022/02/28000836.html

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■2年ぶりに海外の利用者がJ-PARC施設で実験を開始(3月26日)

 新型コロナの影響による海外から日本への入国規制が2022年3月に緩和され、City University of Hong Kong(中国)のFAN Lingrui氏が来日し、J-PARC MLFのBL01「四季」で実験を行いました。前回、海外からの利用者が最後に MLFを訪れたのが2020年3月なので、2年ぶりの外国籍の海外利用者受け入れになります。FAN氏は、コロナ禍で大学が閉鎖される中で試料を準備しなければならず、また、VISA手続きが遅れて来日が危惧される状況もありました。困難を乗り越えJ-PARC に来所されたFAN氏は、3月26日から4月1日までの期間でハイエントロピー合金の相安定性に関する研究のための中性子非弾性散乱実験を無事行うことができました。
 MLFでは4月以降も海外から利用者が訪れて実験を行う予定です。新型コロナが早く収束し、今後多くの海外利用者の方にJ-PARCで実験していただくことを、J-PARCスタッフ一同、願っています。

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■加速器運転計画

 5月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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J-PARCさんぽ道 ㉒ -キッチンカー前の出会い-

 J-PARCの敷地から職員食堂までは2kmあるので、スタッフの多くは、自分で作った弁当を持ってくるか、仕出し弁当を頼んでいます。まだコロナ禍が続く中、昼休みも居室に残り、ひとりだけで昼食をとる風景があちこちで見られます。そんなとき、月に2回だけですが、レストハウス前にキッチンカーが停まり、ランチボックスやパスタを提供することになりました。キッチンカーでは注文を聞いてから料理を温めたり盛り付けをするので、行列ができることになります。
 J-PARCでは広大な敷地に加速器や利用施設が点在しています。同じJ-PARCでも、違う部署の人と一緒になる機会はそう多くはありません。そんな中で、この行列では思わぬ出会いがあります。大学の研究室で師弟関係だったふたりがMLFの中性子ターゲットを挟んで第1実験ホールと第2実験ホールにいたり、挨拶をするだけの間柄だった隣の家の人がユーザーとスタッフの関係だったり。
 だけどこの行列の中で長い間話し込むわけにはいきません。たいていの人は、二言三言交わした後、居室に戻り、パソコンやスマホを眺めながらひとり昼食をとることになります。それでもその人にとっては、新しい発見をしたような気でこの昼休みを過ごすことになるでしょう。J-PARCは広い世界のようで、狭い世界の一面もあります。

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